3月、2回目の母の命日を迎えた。昨年の今頃も母とのカーブスの思い出を作文にしたため応募し入賞をいただいた。母と一緒に入会し母娘でプラチナ会員をめざした8年半の日々。1カ月ほど前に店長からプラチナカードを頂いた。母の仏壇に供えて「おばあちゃん、プラチナ会員になったよ。」と報告する。そして、今年もまた一年を振り返りながら母に報告をしたいと思いパソコンに向かっている。

 大雪に見舞われ雪かきと雪下ろしに奔走し、そして父の転倒からの骨折で施設への連泊を余儀なくされた昨年の今頃と変わって、雪の少ないおだやかな冬を過ぎ、父もすっかり元気になり歩行器での移動もスムーズに食欲も増して体重の増加が気になるほどで、4月に98歳を迎えようとしている。物忘れは一段と進んでいるが、いわゆるADL(日常生活動作)はむしろ上がったと言える。

 私はといえば2年前に父との同居のためにそれまでの介護職を辞め、全く生活パターンが変わったのだが、この2年間で体重が7キロ減った。その大きな要因はカーブスに週3回きっちりと通えるようになったことである。それまでも8年半週2回は通えていたのだが、忙しくてちゃちゃっと済ませていたり、間があいたりすることも多かった。今は週3回1日おき、2日以上は間をあけないようにきっちり通えている。
 そして、筋トレ中は集中してやること。これはコロナ禍の影響もあって筋トレ中のおしゃべりを控えるようになったことも功を奏しているような気がする。
 それともう一つはボードでの運動を有効的にしたことである。3年位前からカーブスで一緒の友だちから「ボードでオブリークのイメトレを続けるだけでやせる!」と勧められ続けていたのだがこれもかなり腹圧を意識してやるようになった。
 それから、私の趣味は地元のサッカーチームJ2モンテディオ山形の応援なのだが、コロナ禍で制限されていた声出し応援が解除されたことによって復活したのが、チャントと呼ばれる応援歌を歌いながらのジャンプである。狭いスタンドでジャンプをすることは結構難しいことで腹圧をいれて飛ばないと足元がずれていき危険である。私はこれをカーブスでのボードでやるようにした。おかげでかなり安定してジャンプできるようになった。

 また、大きい変化といえば食生活である。以前はシフト勤務のため食事の時間がずれてしまうこともあり、夜勤もあったので深夜にお菓子をつまむことも多かった。食事は高齢の父のために高蛋白質を心掛け、規則正しく、お菓子は食後にコーヒーと一緒にデザートとして食べることに決めて、歯をみがいたら何も食べないことを心掛けた。和食が多くなったことも確かだが、父は年齢の割には洋風のものも何でもいけるのでその点は助かっている。

 そんなわけで私の体重は1年で少しずつ減っていき、その後1年ずっとキープしている。私の身長で7キロも減るとかなりダメージがあるように思えるが、体調はすこぶる良く体力もアップしたと感じている。カーブスでの毎月の計測時にも筋肉量はアップしているとコーチたちからも言われる。自分でも驚くのはサッカーのアウェー観戦で県外に行ったついでに観光をしても次の日に全く疲れが残らないことである。昨年は、仙台、岩手、秋田、大宮、岡山、熊本まで行った。今年も、先日千葉に行ってきた。
 それから、昨年は3年ぶりに花笠まつりが通常開催され、モンテディオ花笠部で参加し、涼しかったせいもあるが難なくパレードで踊ることも出来た。これも、父が元気でショートステイに行ってくれるおかげだし、自分が元気だから次はどこへ行こうかなと計画を立てられる。

 毎日決まった時間に起きて軽く掃除をして朝食の準備がすんだら父を起こし、朝食の後洗濯をすませ、父と一緒に訪問リハビリのPTさんが教えてくれた腰痛体操をやって、ラジオ体操をする。この時も私は腹圧を意識してやる。父にもお腹に力を入れてと声がけする。この父との体操も結構効いていると思える。
 それが終わると行先ボードに「カーブスに行ってきます。12:00帰宅予定」と書いて出かける。カーブスへ出かけると、顔なじみのメンバーさんが「おじいちゃん元気?」とか「モンテ勝ったねー」とか声をかけてくれる。単調な父との生活の潤滑油である。ドアtoドアで1時間で帰ってこれるのも長時間留守にするのが無理な私にはありがたい。

 そんな感じで私のカーブス歴も11年目を迎えた。プラチナの次はぜひダイヤモンドカードとか作ってもらってそれをモチベーションに頑張りたいなと思っている。(以上)