私は北海道札幌で、二男の妻が、幼い孫を残してついに病に倒れたという知らせを受けとりました。そしてこれが孫との新しい人生を歩みはじめた時なのです。

 深い悲しみの中、まさに神様がくださった、授かりものとして奮い立ったあの時の気持ちを今も鮮やかに思い出します。68歳の母としてデビューした時でした。
 
 孫が三歳の時、宇都宮へ転勤してきた父親と共に生活することを第一として、夫と共に三人で宇都宮に居を構えました。

 一年ほどで夫が手術の後遺症の為、入退院を繰り返すようになり、孫の幼稚園と病院で、一番優しくできなかったこと反省と共に辛い思い出です。孫が幼稚園から帰ると、夫のベッドへ一番にかけ寄り、お話しするのが可愛らしく、今は亡き夫の優しい笑顔を思い出します。
 
 父親である私の二男は、海外赴任もある企業戦士として多忙な日々。私は祖母であり、母として一生懸命でした。連絡網のスマホの操作もこなし、つつがなく過ごしてまいりましたある日、横断歩道で事故に遭ってしまい、腰椎骨折、激痛と寝たきりの日々。

 やっとリハビリで車椅子から降り、先生に支えられて踏み出そうとしましたが、一歩が出ません。励まされやっとそろりと歩き始めた感動は忘れることはないでしょう。
 
 退院後は、末妹が函館から助けに来てくれました。後に埼玉へ転居し、支えてくれました。再び二男の東京転勤で、白岡市へ転居。世はコロナの風が吹き荒れ、外へ出る気持もなく、何をするにも億劫に。朽ち果てるように老いていく私。
 
 そんな私に、次の扉を押させてくれたのがカーブスでした。函館の妹がまず始めていて二人の電話の最後に「これからカーブスへ行ってくるのでまたね」
 「カーブス」飛び立つ思いで、勇気をふるいクラブへ電話すると「すぐ、おいで下さい」と教えてくださった駅まで電車で行きました。難病の妹からカーブスを紹介されたことなど聞いていただき、優しさ、心遣いに感激し、その場でチャレンジすることを決めました。
 
 初めてのサーキットで、丁寧に指導して下さるコーチ達、何度も何度も「やす子さん」と名前を呼んでくださり、ほめてくださり、動けるようになっていく幸せを。

 帰りが夕暮れ近くなった時でした。私の胸と両腕、リュックの背にも光るシールを貼ってくださいました。
 
 企業戦士として働き続けた息子の退職を機に、今度は孫の進学先の近くへ越してまいりました。白岡のコーチが小山犬塚店を探してくださり、私も上手にカーブスを引越しすることが出来ました。あの事故の後遺症から丸くなった背中を伸ばして扉を押して中に入ると、小山でも礼を持って迎えてくださったのが肌で感じられたのです。
 
 カーブスの筋トレ効果は確実に感じられ、変らず家事をこなすのも充分に。風邪も引かず、今のところ何の薬も飲むことなく月水金と息子が送迎してくれます。たまには行きだけ歩くこともあります。歩くのが遅いので40分もかかりますが、40分も歩けるようになりました。
 
 先日の講義で、身体が温かくなるのはエネルギーを作れる身体になるからだ。免疫力アップで風邪を引かなくなるのだ!
 
 テロメアのパワーも教えていただきました。筋トレの後は、家の階段が軽やかに感じます。
 
 そうしてこのカーブスでも、新しい世界への扉を開くチャンスに出会えたのです。70代のコーチのプロフィールに「趣味はピアノ(70の手習い)」とありまして、中断していたピアノを再開すべく、コーチと同じ先生を紹介していただきました。なんと86歳でバイエルから始められ、眠っていた我家のピアノを弾く幸せをかみしめております。
 
 コーチからサムエル・ウルマンの「青春」という詩を教えていただいたのもこの場所です。「青春とは人生の或る期間を言うのではなく心の様相を言うのだ」私青春真っ只中とは言いつつ、居眠り多き人生です。
 
 先日孫と学友達のライブへ行きました。

 よし、孫のドラムとセッションできるように、ピアノ頑張ろうと盛り上がりましてね。そこへ息子が「よし!ギターを習うぞ」と
 初心者はまず形から入ると申しまして、ギターを買いに走りました。頑張れと鼓舞するのもうれしく。
 
 実を申しますと、孫の進学に伴いまた、小山から引越すこともあるかもしれません。でもね私は不安よりワクワクさえしているのです。新しい場所で、新しいカーブスの扉を押すこと。きっとまた、素晴らしい世界へ進める。そんな気持ちになるのです。
 
 いつの日か、私と埼玉三郷市の妹(私が薦めてカーブスに入りました)と函館カーブスの妹の三人で、故郷函館で一緒にカーブス筋トレすることを夢みて。
 
 その約束を果たすべく、今日もカーブスへ行ってまいります。