カーブスのことは、わたしより夫の方が先に知っていた。
 
 というのは、行きつけの料理屋のおかみさんが大病をした際、体力回復のためにカーブスに行ったという話を聞いていたからだ。そして、その効果を目の当たりにしていたのだ。

 わたしが「カーブスに行きたい」と言った時も即賛成し、「アナタのように運動の苦手な人にもやさしく指導してくれるよ」と教えてくれた。
 
 五歳年上の夫は人生の先輩でもある。何でも知っていて、人とのかかわり方もとても上手い。わたしは結婚してからというもの、夫の後をただついてきただけのような気がしている。

 カーブスのことだって、会員は女性だけで、三十分間で全身のトレーニングができるということも夫はちゃんと知っていた。

 「そんなことなんで知ってるの」

 「あのおかみさんから聞いたこともあったけど、会社の部下の奥さんがカーブスに行ってるから。ちょっとした話でね...」
 夫は何でもないように答えた。

 そう。何でもないような会話から得られる情報を、記憶の引き出しにいつまでも取り出せるように、きちんと整理してしまっているのだ。しかも、会った人の顔と名前を覚えるのが得意。そこから広がる人と人とのつながりや情報も豊かなものがある。

 一方のわたしは、顔と名前を覚えるのが苦手だ。何度会っても覚えられない人がいたりする。
 
 そんな夫と毎日ウォーキングをしている。近所の方に会ったら「こんにちは」とあいさつをする。そこまではわたしでもできるのだが、夫からはさらにひとこと出てくる。

 「今日はいいお天気で気持ちいいね」とか「畑には今何を蒔いたらいいのかなぁ」とか。こんなひとことで人とのつながりは深まっていく。わたしにはまねできない。

 夫の後ろに控え、会話が終わるのを待つ。「それじゃあ」と言って別れるまで一、二分。相手に時間を取らせ迷惑をかけることはない。頭の中では、夫の言うようなあいさつの次の言葉が出てくる。夫の後ろに隠れるのではなく、堂々と、にこやかに話をしてみたいと思う。でも、実際、人を前にすると夫の後ろに隠れてしまうのだ。
 
 カーブスに行きたいと思ったのは、急に体重が増えたためだ。いっぺんに五キロも増えた。体験に行ってみると、体力テストの片足スクワットも腹筋も、一回もできなかった。ショックだった。体重を減らすこと以上に筋肉をつけたいと思った。
 
 帰宅して夫に話すと、「筋トレは大事だ。カーブスでがんばれ。あのおかみさんもカーブスで元気になった」と応援してくれた。
 
 こうして始まったカーブス。変化は即現れた。それは、夫とのかかわり方にである。聞き役専門だったわたしが話す側になったのだ。
 
 たとえば、
 「コーチは名前を一回で覚えてくれて、ドアを入ると同時に「ひろみさん、こんにちは」といってくれるの」
 「へぇー。それは嬉しいね」

 またある時は、
 「今週はよく頑張られましたね」とか「おばあちゃんの具合どうですか」って、一人ひとりのことちゃんと覚えて声をかけてくれるの」
 「すごいね」
 夫は聞き役になっている。

 「マシンを使った後のストレッチもじっくり時間をかけてすることが大事なの」
 「そうだよ。ストレッチは勢いをつけて伸ばしたりせず、ゆっくりした方がいいよ」
 
 時には、アドバイスをもらうこともある。夫は子どもの頃からスポーツに親しんでいて、体つくりのこともよく知っている。そんな夫とあいづちを打つだけの聞き役とは違う立場で話ができることが嬉しい。カーブスに行き始めてから夫との会話が増えた。夫の後ろをついて行くばかりではない自分を感じた。
 
 夏がくればカーブスに行き始めて一年になる。応援してくれる夫ではあるが、わたしがいつも行く時間より遅くなったりすると、「今日はやめたほうがいい」ということが度々あった。

 そんな時、以前は夫の言うことに従っていた。時間のずれた分、家事にしわ寄せがくることを慮っての言葉であることを、私もわかっているからだ。そのタイミングで「カーブスに行きたい」とはいえなかった。

 せっかくの気遣いを無にしては悪いと思った。まして、自分のしたいことを優先するなんて良き妻、よき主婦の姿ではない、してはならないとも思っていた。
 
 でも、それは違っていた。わたしが、したいことがあるなら、自分の言葉で説明してくれることを夫は望んでいたのだ。そんなことも聞き役だけに収まらない会話の中から分かるようになった。

 今はちゃんと「今日はカーブスに行くつもりにしているから」と言える。自分の気持ちを正直に夫に言えるようになったのだ。他人様から見ると、たったそれだけのことなのだが、私にとっては大きな、大きな一歩なのである。
 
 そんなわたしを夫はいっそう応援してくるようになった。「気をつけて行っておいで」と笑顔で送りだしてくれる。わたしはカーブスでの三十分間を、しっかり活用しようと、毎回、腹圧を意識しながらマシンを大きく早く動かす。

 マシントレーニングの間には五〇〇ミリリットルの水も飲む。終わったらストレッチを丁寧にして体をほぐす。成果は数字にはなかなか表れないが、片足スクワットも腹筋も十回以上できるようになった。そのうち数字にもと、毎月の測定を楽しみにしている。
 
 カーブスは、夫の後ろをついていくだけのわたしを一人の女性として一歩前に出してくれた。一歩、また一歩と、夫の後ろではなく、夫と並んで歩くわたしでありたい。
 
 そして、近所でもどこでも、はれやかな笑顔で誰とでも、あいさつプラスの言葉を交わすわたしになっていきたい。カーブスに通いながら一年先、五年先、十年先の私に出会うことを楽しみにしている。