「筋トレすれば年収が上がる」
 巷には、そんなジンクスともつかない言説が存在する。筋トレと年収? 一体何の関係が?
 「筋トレと健康寿命」とか「筋トレと認知症」ならまだしも、「筋トレと年収」である。一見まったく結びつきのなさそうなこの関係、でも、これが結構関係あると今振り返って改めて思う。
 昔から運動は苦手だった。駆けっこ競争もマラソンもビリから数えた方が早いし、球技も決して上手と言える代物ではなかった。そんな状態だから、休みの日にスポーツに勤しむとか、ストレス解消に体を動かすなんていう生活とは無縁できた。でも、太りたくはない、年を取っても体型は維持したい、健康でいたいという思いは人一倍強く、食事には気を付けてきた。
 ところが、三十代後半に差し掛かり、体重と体脂肪が増えやすくなったのを感じるようになる。このままでは基礎代謝も低下していく一方で、何とかしなければと思うようになった。とはいえ、元来運動は苦手。ジムに行くのも面倒。だが、この際そうも言っていられない。やるなら今しかない。正に『今でしょ!』
 そう一念発起して、近くのジムを探し始めてカーブスへ辿り着いた。予約不要で三十分。筋トレと有酸素運動を組み合わせたメニューで誰でもできる。毎月計測があり体の状態をチェックできるので、成果を認識しやすい仕組みになっている。
 おかげで2023(令和五)年4月現在、入会時より体重約12キロ、体脂肪約12%、ウエスト約14センチ。リバウンドすることもなく維持できている。
 しかも成果はそれだけではない。筋トレをすれば、セロトニン、エンドルフィン、ドーパミンといった脳内ホルモンが分泌され、これらは鎮静と幸福作用をもたらしてくれる。他にも、BDNF(脳由来神経栄養因子)というタンパク質も増加し、神経細胞の成長を促進する。
 筋トレは身体の健康に留まらず、メンタルヘルスと頭の回転を上げることにも寄与してくれるのだ。そんな内面の変化の兆しを感じ始めた頃、当時非常勤職員で勤めていた枚方市で年齢制限が撤廃された正職員の募集を目にすることになる。
 健康の次に大切なのは経済力だ。いつまでも非正規職員でいいのだろうかとふと思う。公務員とはいえ、非常勤職員と正職員の間には大きな待遇の差がある。正職員が定年まで働き続けられるのに対し、非常勤職員は年度単位の契約である。勤務態度が良好なら更新はできるが、それも上限があり、継続できるのは職種により三年から五年程だ。その後、さらに継続して勤めるには、再び同様の採用試験を受けて合格しなければならない。この時点で私は既に採用試験を二回受け、六回の契約更新を重ねていた。この先もまだ二十年以上続く職業人生、ずっとこの働き方でいいのだろうか。
 幸いにも、職場での評価は悪くはない。それなら私だって正職員として、もっとできるんじゃないか。せっかく訪れたチャンス、活かさない手はない。こうして私は採用試験を受けることに決めた。
 まずは応募書類兼エントリーシートの作成。それと並行して筆記試験の対策。筆記試験は一般教養と専門。楽天ブックスで教養試験用の問題集を買い、押し入れから学生時代に使っていた専門書を引っ張り出す。普段は使わなくて忘れていることも多いだろうし、仕事をしながらなので時間も限られている。そんな状況では、前倒しで備えるのが確実だ。
 そして情報収集。「情報を制する者は受験を制する」と言われるように、受験には最新の情報が欠かせない。これは筋トレやダイエットにも言えることだ。医療や健康の分野は日進月歩。最新の情報を取り入れ日常生活に活かすことで、日々の成果が実を結びやすくなる。
 少しでも可能性を上げるために、できることは確実にこなしておきたい。そのために他市も受験することにした。同時期に募集しているところはないかと調べたところ、ちょうど大阪市も募集していたので併願することにした。
 公務員試験用の予備校についても調べ、エントリーシートには添削指導、面接対策には模擬面接指導を申し込む。
 書き上げたエントリーシートを送り、返ってくるまでの間に筆記試験の勉強に集中する。教養試験はマークシートなので、制限時間内にいかに多くの問題を解き正答率を上げるかが対策の要になる。時間内に効率よく解答していくためには、限られた時間ですべての分野を復習するのは無理がある。重点的に対策をしておくところと捨てるところを見極める必要がある。
 日中はこれまで通りの仕事、夜は試験勉強、休日はオンラインでの模擬面接指導の日々を繰り返しながら、一発目の大阪市の一次試験の日を迎えた。
 筆記試験が終わった後は、面接対策に切り替える。面接官役の講師と模擬面接を繰り返しながら、回答内容を詰めていく。
 面接は苦手だったけど、フィードバックを受けながら何度も繰り返し練習することで自分の強みやアピールできるところを見つけることができた。華々しい業績がなくても、日々の仕事の中で工夫していることや頑張っていることをきちんと伝えられること。そういうことが大切なのだとわかると、必要以上に物怖じすることはなくなった。
 その後、枚方市一次試験、大阪市二次試験、枚方市二次試験から四次試験を経て、結果、大阪市無事合格、枚方市惜しくも最終試験にて不合格となった。
 かくして、2022(令和4)年4月私は大阪市に入庁した。
 しかし、勤務場所も時間も変わったことで、今まで週3、4日通えていたのが、平日は帰宅時間が18時半を越えるようになって通えなくなった。それでも休日の土曜日の週に一度だけでも私はカーブスに通い続けた。これまでのように何とかできないかと考えた結果、職場の近くに引っ越すことにした。
 カーブスは全国に千店舗以上あるので、引っ越しても移籍して続けることができる。かくして、2022(令和4)年6月から関目高殿店へ移籍し、再び週3、4日のペースで通い続けている。マシンの並び方は違うけど、基本的な流れは同じなので、すぐにこなすことができるようになった。
 慣れない仕事に不安と緊張の連続だった日も、目の回るように忙しかった日も、カーブスの扉を開けるとほっとする。大きな環境の変化の中にも、これまでと変わらない日常の一コマ感じることができるからだ。
 「ともみさん、こんにちは!」
 いつも扉を開けた瞬間にかけられるコーチの朗らかな声。
 「今日一日お疲れ様。どんな時でも継続できていることはすごい」と、そこにはそんなメッセージが込められているように思える。
 あれから間もなく一年が経とうとする。
 最初は何のことだかわからなかったことがわかるようになり、自分の中で仕事の進め方が明確になり、仕事の処理スピードは格段に上がって来た。脳内で神経細胞が結びつき多方面にネットワークを広げていくように、断片的だった理解は深まり、広がり、俯瞰して見ることができるようになった。受験期には学力が飛躍的に伸びる時があるけれど、仕事の能力も同じかもしれない。
 そういう風になれたのは、毎日の小さな積み重ねがあったからだ。まずは目の前のできることを確実にこなす。その小さな積み重ねがやがて大きな成果となる。正に継続は力なり。これは筋トレにも言えることだ。
 私が私としてより良い自分でいるために。そしてさらなる向上を目指して。だから、私は今日もカーブス筋トレを続ける。