2018年6月20日、私はこの日を忘れない。
 
 45歳の私が40歳から始めた不妊治療を経てようやく第一子を授かった日だ。
 
 「子供はできない可能性が高い。」「無理です。あきらめてください。」このような言葉から始まった治療である。正直光蔭は見いだせていなかったが、「大丈夫。きっと自分は何とかなる。」と信じて治療を続けた。

 「最後の一年。」と思い、長年勤めた総合病院での看護師を辞め、パートで週に4日間日中のみ働いた。食事も改め、蛋白質や栄養面にも気をつけ、炭酸飲料やコーヒーなども止めた。そしてカーブスには月15回を目標に通った。
 
 日々体調は良くなり、増え続けていた体重も減り、肝機能など上がっていた血液データも改善した。そして5か月後待望の妊娠が解り、出産2日前までカーブスに通った。
 
 その甲斐もあり、無事にわが子を迎えることができた。そして今、わが子は5歳になろうとしている。5歳男児のパワーは凄まじい。さっきあそこにいたと思えば、もうここにいる。疲れ知らずに縦横無尽に飛び回る。
 
 こちらは、日頃の仕事の疲れや腰痛等を抱えながらも、子供の安全を守らなければと必死に追いかける。まだ今は自分が追い付けるから良いがこの先彼はますます大きく健康に伸び伸びと育ってもらわないとならない。その為にはよぼよぼしているわけにはいかない。

 彼に合わせて動けなければならない。そう思って毎日自分に鞭打っている。
 
 また、先月から夫の勤務形態が変わり早番の時は彼が保育園のお迎えに行ってくれる。子供の機嫌が良ければ(子供はやはりお迎えは母が良いらしい...。)可能な範囲でカーブスに行く日を増やしている。
 
 最近食生活の乱れがあり、体重の増加と血液データの悪化もみられている。最近はカーブスにも月5日程度しか行けていなかった為かと考えた。月に10回以上を目標に、子供の機嫌を見ながら、夫にも協力してもらっている。(その分夫にも優しくしようと考えている。)

 やはり、子供を育てるには、自分たち夫婦が健康であることは最低条件である。自分達の健康にも目を配り、日頃の仕事や育児、他の家族の世話等で溜ったストレスを軽減して爽やかな気持ちで子供に会いたい。これだけの思いをして産んだわが子を間違っても虐待したくない。子供の為に自分が努力すれば何とかなることはしたい。

 その為には自分の心と身体も大事にし健康でありたい。また、仕事帰りにカーブスに寄り運動すると心身ともにすっきりして子供や夫にも少しは優しく穏やかに過ごせているように感じる。苛々感も軽減する。だからカーブスに通い続ける。自分の為、家族の為、しいては社会活動の為にも頑張りたい。
 
 自分が平均年齢まで生きるとして30年以上ある。だが健康寿命はどうだろうか?自信がない。自分が寝たきりだったり、車いすだったり、認知症になるとどうしても一人息子に負担が行く。

 夫と二人で元気な老人であるためには、今から準備しておかないと大変だ。息子には、自分や自分の新たな家族の事を一番に考えられる環境を作りたい。それが、奇跡的に私の所に来てくれた彼への思いだ。本当にできない可能性が高かった子供だ。無事に生まれるかも分からなかった子供だ。高齢出産で、ハイリスクといわれながらも、何も問題なく生まれてきてくれたこの子には感謝している。

 自分が色々なことをあきらめたり、大切な身内を亡くして、人生で一番つらい出来事があったときに私に授かることができた子供だ。本当に奇跡としか思えなかった。

 だから、何があっても守りたい。彼が彼らしく、元気に伸び伸びと生きて自分の人生を見出してくれたらそれで良い。私は、その手助けをしたい。けして邪魔にはなりたくない。だから自分の心身の健康を守るためにもカーブスに通い続けようと私は思う。