11年前の事、私は結婚時より25キロも太ってしまい、その体を持て余していた時、テレビで「行列ができる店舗」の紹介があった。そこに並んでいるのは私ぐらいの年齢で太り気味なおばさん達だった。

 「どうして並んでいるのですか?」と、アナウンサーが問うと、「最初は24人だけが入れて次の人は30分待たなければならないから24人に入るために並んでいます」と、言う。

 その店舗は筋力強化のフイットネスクラブだった。筋力が増せば体重減につながると言うので私には救世主に思えた。間髪を入れずに近くのカーブスを訪ねた。親切に丁寧に説明をしてくれたので、その場で入会手続きをし会員になった。2012年5月29日のことだった。マイカーで教室まで20分かかったが根気よく通った。その頃は個人個人に折れ線グラフが渡されたので、自分の成果を一目で確認できて良かったのに、そのシステムがなくなり残念に思っている。出来る事なら再開して欲しいと思う。
 
 その後、自宅から5分ほどで行ける新しい教室が出来たので移籍し今に至っている。と言うことは丸々11年通い続けていることになる。

 その間に私は大きな手術を何回も繰り返した。
 72歳の時、全身麻酔で頸椎手術をし、74歳で胸椎手術10、11番にチタンを4本入れた。77歳で腰椎1番圧迫骨折。帯状疱疹。78歳転倒でくるぶし2本骨折。またまた全身麻酔で手術を受けた。この入院はコロナに巻き込まれて3ヶ月という長さになってしまった。(私は陰性だったが同室の人が感染し私は濃厚感染者として隔離病棟へ入れられてしまった)入院中に79歳になった。79歳の老婆が3ヶ月病院のベッドに横たわっている姿を想像して欲しい。歩く機能が極端に低下してしまった。上手に歩けないままだったが退院してしまった。
 
 歩けないのに運転が出来たので退院後、今こそ筋力強化のカーブスが必要と自覚し、すぐに通い始める。マシーンは11年もやっていたので、すぐに元通り操ることが出来たが、上手に歩けないのでマシーンからボードに移動するのが大変だった。手元にある何でも支えにして移るために前後を空けてもらって通い続けた。今でもヨタヨタ歩く。カーブスの入り口でヨタヨタするのはカーブスの宣伝にならないで足を引っ張ることになってはいけないので出来ないながらもサッサッと歩くようにしている。
 
 カーブスのスタッフも仲間もヨタヨタの私に優しい言葉をかけてくれる。
「今日も来られましたね」
「大変な体なのに頑張っていますね」
「今日もよく頑張りましたね」と。
 
 コロナ禍の中、対面で言葉を掛け合うことが少なかった3年間だったので、こうして私に温かい言葉をかけてくれるスタッフや仲間たちに出会いたくて毎日喜んでカーブスに出かけている。毎回2周が出来るわけではなく体調に合わせて1周の日もある。しかし最近、別の楽しみを見出した。それは1周半終わった時(あー、まだ6つもマシーンが残っている。やめようかな?)と思うと辛さが加わってくるけれど(あー、まだ6か所も筋力強化が出来る)と、思うだけでマシーンが軽くなり2周達成できるのである。
 
 私は、「サッサッと歩く」を目標に手術後のリハビリのつもりでカーブスへ通い続けている。