姑のお骨収めで京都を訪れました。コロナでなかなか実現できず3年が過ぎ、やっと無事納めることができました。せっかく京都まで来たんだからと皆の意見で観光巡りへ。

 三十年ぶりの二条城、鶯廊下や豪華絢爛な城内を見学した後、ひろーい城外を隅々まで休むことなく巡りました。

 続いて清水寺。昔来た時、急な坂道は大変だったと思い出しながらも坂を上り始めました。上るにつれ、あふれる人の間をかき分け進む坂はさすがにきつく大変でした。

「ばあちゃん、大丈夫。」

孫のことばに

「平気、平気、カーブスで鍛えているからね(笑)。」

 なぜ、カーブスが出てきた。自分でもよくわからなかったが、上り切った時、意外と平気な自分に驚いた。帰ってからも筋肉痛も覚悟したが、全くなかった。

 カーブスを始めて十数年が過ぎました。まだ現役で仕事をしていた時、徒歩遠足で小さな段差に躓き、顔を切った。痛みや怪我の具合より、なぜ、こんなことになったのかと思う気持ちが先立ち、血だらけの顔で茫然としている私は周りの人に促されて、そのまま病院に走った。

「なぜ、あんなところで...。」

 仕事柄、体はみんなより動かしているものと自負していたが見事に裏切られた。疲れで小さな段差に躓いたのだ。脂肪も年々ついてくる。肩こりもひどい。ジムに通ったり、サウナに行ったりしたが変化は見られず長続きしない。

 そんな中、カーブスの看板が目に留まった。

「予約が要らない」

「三〇分位で続けられる。」

 そんな条件に私はカーブスにとび込んだ。そして気づいたら十数年が過ぎていた。理想のスタイルを思い浮かべ、体重を減らそうと目標を掲げても大きな変化はないが運動不足という気持ちは解消でき、汗もかきやすくなりました。何事もなく順調にカーブスに通って元気に生活していました。

 しかし、不注意で肩の断裂という怪我を負ったのを皮切りに指関節の腱鞘炎、膝の関節炎いろいろ患った。痛みで眠れない日々も経験した。カーブスに通うことはもう無理かなと思ったことも一度や二度ではなかった。治るんだろうか、動けなくなるじゃないだろうか、病院へ通いながらも今まで感じたことのない不安な毎日でした。

 痛みが強くない日に自分のペースで細々と通いました。今まで平気で動かしていたマシンも思うように使えず、カーブスへ行く日も少なくなった。しかし、行くたびにコーチの方々が様子を心配して声をかけて励ましてくださった。同じような症状の方の変化などお聞きし希望をもちました。整体師からは手術という方法しかもう治療の可能性はないと言われた。何年もかかりましたが当時は痛みで使えなかったマシンも今はすべて力いっぱい使えます。普通に通えることがこんなにうれしいとは思いませんでした。
 よく経験談に載っている一〇〇kgの人のような目標は達成できないまま十数年が過ぎました。

 しかし、この頃思うことがあります。もし、カーブスに通っていなかったら、今どんな自分が存在しているだろうか。そこでこれからの目標を考えました。

「現状維持・小さな向上。」

 これからも楽しく、元気に通えることを願い筋力アップを目指します。