「行ってきます。」
「行っといで、転ぶなよ。」
週に3回繰り返されるカーブスに出かける朝の、我が家の日課です。
毎回毎回子供じゃないんだから...と心の中では思いますが、これには訳があるので仕方ありません。でも、それはもう少し後で書きましょう。

 カーブス歴は正味1年に満たない私ですが、昨年古希を迎えた人生とカーブスとの出会いを、取り敢えずざっと振り返ってみたいと思います。
 3年弱の会社員生活の末、結婚は売れ残りのクリスマスケーキにならないよう25歳までにという今では考えられないような時代の流れに押されるように結婚をし、3人の息子に恵まれました。

 銀行員の主人の転勤には、<家族は運命共同体>と唱えながらついて回り、ブラジル、イタリア、英国、そしてまたブラジルと10数年を海外で過ごしました。帰国後の50代半ばでした、3人息子の長男が結婚する事になり、これからは新婚夫婦に口出しせずに過ごすには今まで通りの生活ではダメ、気が紛れて楽しい何かをしなくては考え、30年の専業主婦生活に終止符を打つことを決め、ただの旅行好きのおばさんが、一大決心で飛び込んだ先はネット検索で一番上に出てきた会社の派遣添乗員という道でした。

 年齢からくる見かけのせいで、初添乗からベテランと思われる幸運を味方にし、コロナ禍が始まる2020年まで、家事を全くしたことのない夫の月一回だよというダメ出しの元、洗濯機には使い方手順のメモを張り、1週間分の食事を冷凍して始まった添乗という仕事。
 何でもっと若い時に気づかなかったのかと後悔するほど、人との出会いや新しい土地にワクワクして、心の底から楽しんでアッという間の14年が過ぎました。
 コロナ禍が始まった2020年、認知症で老人ホームに入所していた母が96歳で父の元へと旅立ち、適度の緊張を伴う仕事もなくなりと、何やらもぬけの殻状態になった私です。動くことも人と話すことも億劫になり、1年以上もの間、週3回のごみ出しと週1回の食材買い出しにやっとこさで家の外にでるというような、無為な生活を続けてしまいました。
 これではいけないと思い立って入会したのが、中学から50年来の友人の勧めもあってのカーブスでした。自宅から最寄りのカーブスへは、これまであまり縁の無かった道を20分は歩かなくてはならず、最初の心配は続けられるかしら?でしたが、運よく1か月の無料体験期間中でしたので、思い切って始めることが出来ました。
 通い始めたところ、歩き慣れた道でないことがかえって新鮮で、見たことのない家々の前を通るのが楽しくて、これなら出来そうとすぐに思え入会を決めました。
 ところがです。好事魔多しとはこの事。
 入会して3か月しか経っていないのに、玄関先のたった2段の段差を思いっきり落下してしまったのです。立ち上がれないけれど、それほど痛くもないので捻挫かしらと思い、主人に近所の整形外科から車椅子を借りてきてもらい行ったところ、撮ったレントゲンを見るや否や、先生は即手術が必要と判断されて救急車を要請。
 人生初めての救急車体験と、お産以外での初めての入院の始まりです。
 主人にとっても初が沢山つく経験でだったのでよほど懲りたのでしょう、これが冒頭の「転ぶなよ」と繰り返す理由になりました。
 時はコロナ禍真っ最中。救急病院では入り口でのPCR検査は勿論のこと、翌日の二度目のPCR検査の陰性が確定するまでは普通病室には入れず、手術できるかも分からないというではありませんか。
 防護服を着た看護師さんの押すストレッチャーの上から、カメラがあちこちに向けて見張っている天井やビニールで囲われた壁のコロナ病棟を見るという稀有な経験をさせてもらいました。
 幸い二度目の陰性も確定し、翌日午後には3時間かけての大腿骨骨頭置換手術を受けることが出来ました。二週間の入院とその後はリハビリの為の転院が必要との説明を受けていましたが、予後も快調で病院ウォッチングをLINEで友人たちに配信しながら、結局10日で退院し、転院もなし。自宅での日常生活がリハビリですという事になりました。
 入院中カーブスに電話して事情を説明すると、そういう事なら1年間の休会が出来ますよとのこと。折角始めたのですから続けたいと思い、1年以内に復帰するぞと心に誓って手続きをお願いしました。
 多分にそれがリハビリのモチベーションになったと思います。1年かからず、8か月目に行ってみようかなと思えたので再開しました。
 20分の道のりを心機一転、毎回少しでも違う角を曲がって新しい発見をしようと目標を立てました。これが楽しいんです。
 よそ様のお宅の植栽に目を止め、二日前には気付かなかった花芽の出現に気を取られていると、朝一番を目指していてもいつも遅れてしまいます。でも大丈夫。カーブスはどの時間に着いても問題なく、自分のペースで好きなように出来るのですから。
 そして再開したマシン。最初は本当にこわごわでした。
 特に足を使うマシンは怖くて、スタッフさんにも1周から様子を見ますと超弱気だったのに、きちんと補佐してくださり、手術の事も情報共有して無理な指導がなく、すぐに安心して2周を回って運動することが出来ました。
 カーブスのマシンは、強度が自分で調節できるところがとても良いと感じます。人の体は千差万別です。通常のジムに行っていたこともありますが、重りの量で加減するマシンは他の方のキロ数が気になったり、ちょっと見栄を張りたくなったりで、結構プレッシャーを感じた事もあったのですが、カーブスにはそれがありません。それでいて、力のある人はそれなりに鍛えることが出来、無い人は劣等感を感じずにトレーニングが出来るので、本当に良いシステムだなぁと感じています。
 入会した時から、腕を動かすマシンはそれほどでもないのに、足の力がないのかこれは苦手だなぁと思っていたヒップアブダクター、最近では手術した左足が右足と同じようになり、左右の幅もかなり開くようになって、自分の目で進歩が見えるのがとても励みになっています。
 軽快な英語での指示も心地よく、名前で呼んで下さるのも、先生を名前で呼んでいたイギリスを思い出して懐かしいです。
 最近になって、壁に貼ってある脈拍数のレベルの表に手書きで90代の数値が書き加えられました。何名かいらっしゃるそうです。 すごいなぁ!と思います。70代なんてまだまだ。人生の先輩方の存在がさらにカーブスに通う励みになりました。
 皆さんのような良い結果が目に見えてこない月一回の計測だけが、今のところ悩みの種ではありますが、まだまだ1年経たないんだものと気持ちを切り替え、孫のように若いスタッフさんの可愛い笑顔や元気な声、毎回笑いを提供してくださる顔馴染みになった方々とのたわいない会話に癒されて、
 今日もそして明後日も我が家には
「行ってきます」
「行っておいで、転ぶなよ。」
が聞こえるはずです。