熱中症で搬送されるニュースが、ぽつぽつ出始めた6月の末のこと。見しらぬ番号からの電話が、ことの始まりを知らせた。
自損事故を起した夫を救急外来に付き添うと、外傷はなく頭のCT検査は異常なしと。
しかし予約を取って再受診し、脳梗塞の診断を受けた。こうなる予感はあった。
飲酒、喫煙、走らず歩かず動かずの、NO運動者。
聞く耳もたない頑固もの夫、不健康そのものの生活だったから。
他人を事故に巻き込まなくて幸いだった。
最初に思ったことは、これからの生活設計をどうするか。
定年後さしたる趣味もなく、さりとてゴミだし一つするわけでもない夫だが、このまま放置すれば、テレビ漬けの寝たきり老人ができあがってしまう。
「まずい」退院後のリハビリ環境を整えなければと思った。
自主的なトレーニングは難しい、だが介護認定の支援施設では、プライドが邪魔するだろうか。そんな時、シニア対象の小規模なジムを紹介した記事を見つけ、見学してみた。わたしより(たぶん)年配の女性たちが、生き生きと運動している、若々しい。
「すごいですね。その重り何キロですか、これどんな運動ですか」
問いかけに、にこやかに答えてくれた。わたしが、夫が通うジムの下見に来たと話すと、「ねえ、一緒に運動しない。二人でジムに入ればいいのよ」
正直に言って、無理。運動まで夫婦セットはご免こうむる。
「わたし、カーブスに行っているんですよう」と、やんわりお断わり。
夫が1か月間の闘病生活を終えて、自宅にもどって来た。
病衣を脱いだ20キロ減のその姿は、ダイエット広告のチラシように別人だ。
夫の専属運転手という仕事が増え、新しい日常が始まった。
見学したジムに週2回、送迎つきで通う。ピンポンと玄関チャイムが鳴り、
「おねえさん迎えに来たよー」と声かけ、「来たかぁ」笑みをうかべ居間から出てくる夫。
夫の楽しみは、地域の社交場である温泉にいくこと。
山道、カーブ、トンネル、積雪と田舎みちの運転は容易ではない。
自転車通勤だったので運転が苦手な私を、運転歴50年の夫が、一挙一動をこきおろす。「下手なんだから、しょうがないでしょう」と、ムッとする。
緊張して運転する私の肩に、後部座席から手が伸びて、「肩揉むか」なあんて、点数稼ぎ。
買い物のカートを押すのが、彼の役目になった。カゴに無造作に何個も入れるアンパンを、そっと棚に戻す。
ランチの無料コーヒーを、わたしの分まで運んできた。こぼれたコーヒーを拭きながら、ちょっと嬉しい。
テレビを見ながら夫が、「かあさんの体操教室、いま宣伝やってるぞぉ」
おいおい、カーブスは体操じゃなく、筋トレだよ。
今日も、昼食を並べてから声かけする、「おとうちゃん、カーブスに行ってくるよ」