6年半前、私は自分の名前を見失っていました。
59歳。15年間、うつ病と闘い続けていました。

 シングルマザーとして2人の子どもを育て上げたものの、生活は楽ではなく、心も体も疲れ切っていました。
午前中はほとんど起き上がれず、午後から夕方にかけて、なんとか仕事へ向かう毎日。「生きている」というより、「やり過ごしている」―そんな感覚でした。
 ある日、久しぶりに帰省した息子が、ヘルスメーターをプレゼントしてくれました。何気なく乗ったその瞬間、目に飛び込んできたのは「73キロ」という数字。

「え......?」

 思わず声が出ました。かつて50キロだった自分の面影は、どこにもありませんでした。自分のことを後回しにし続けた時間が、そこにありました。

 私は自己流のダイエットを始めました。食べる量を極端に減らし、ただ我慢するだけの毎日。苦しみながら、ようやく71キロ。
けれど、まだ遠い―。
その現実に押しつぶされそうになり、うつ症状はさらに悪化し、不眠にも悩まされるようになりました。

―そんなときでした。
近所にカーブスができたのは。

「午前中、寝てばかりの私が通えるだろうか」不安はありました。それでも、「変わりたい」という気持ちが、かすかに残っていました。そして私は、一歩を踏み出しました。最初はつらくてたまりませんでした。体は重く、思うように動かない。通うこと自体が大きな壁でした。

 それでも、通い続けることができたのは―「美穂子さん!こんにちは!」その一言でした。思わず、足が止まりました。そういえば私は、いつから自分の名前で呼ばれていなかったのだろう。「母さん」でも「お母さん」でもない、ただの"私"。
名前を呼ばれたその瞬間、胸の奥で、何かがほどけた気がしました。

 通い続けるうちに、少しずつ体が軽くなり、心もやわらいでいきました。
同じ時間に通う人たちと笑顔を交わし、やがて言葉を交わし、気がつけば、心を通わせる仲間ができていました。
灰色だった私の世界に、少しずつ色が戻ってきました。
 ある日の帰り道、ふと空を見上げました。
「空って、こんなにきれいだったんだ......」
そのとき気づいたのです。私はずっと、下を向いて歩いていたことに。

 そして6年半が経った今。
私は、長い間苦しんできたうつ病から、ようやく抜け出すことができました。
21年という時間をかけて、抗精神病薬からも卒業することができました。
 体重は18キロ減り、腹回りは20センチ減って、洋服のサイズはXLからMへ。もうすぐ66歳。孫たちに「スラリとしたおばあちゃん」と言えることも、ささやかな喜びです。
けれど----
本当に手に入れたものは、そんな"数字"ではありません。

「美穂子さん」

 そう呼ばれるたびに、私は、自分の人生に戻ってきたのだと感じます。あの日、勇気を出して扉を開けた私へ。ありがとう。
これからは、私の名前で、私の人生を生きていきます。