これまでの私は、ありのままの自分でいることが苦手だった。いつも人と比べて、少しでも自分を良く見せようと必死になっていた。
中学から大学まで、私は部活中心の生活を送ってきた。毎日ジャージ姿で過ごし、おしゃれとは無縁だった。運動が特別得意だったわけでもないのに体育学部に進学し、周りについていけず、落ちこぼれだと感じながらも何とか卒業した。そして教員となった。

 新任で赴任した中学校では体操部の顧問を任され、朝早くから夜遅くまで、やはり一日中ジャージの生活だった。仕事に追われる毎日の中で、心のどこかにずっと「可愛い服を着てみたい」「きれいになりたい」という思いがあった。しかし現実は、目の前の生徒と部活を優先する日々。理想と現実の差は大きく、気づけばそれが当たり前になっていった。

 その後、小学校へ転勤するものの、自分や家族のことを後回しにする生活を三十八年間続け、退職の日を迎えた。仕事第一で突っ走ってきた私のことを理解してくれた家族には感謝しかない。退職後、長い教員生活を終えた解放感と、これまで抑えてきた反動から、私は大きく変身した。ネイルをし、つけまつげをつけ、ウィッグをかぶり、好きな洋服を着る。茶道や華道、着つけなど、今まで時間がなくてできなかったことを一気に楽しんだ。おしゃれをした自分が鏡に映る姿は新鮮で、気持ちも高揚した。
けれど、その一方で体は確実に悲鳴を上げていた。シミやしわは増え、腰痛、肩こり、首の痛みからくる痺れにも悩まされるようになった。若い頃、体操部で鍛えていたはずの筋肉は落ち、血液検査の結果も思わしくなかった。何をしても改善しない日々が続き、次第に不安が大きくなっていった。
そんな時に出会ったのが、カーブスだった。

 知人にすすめられて、体力をつけるために始めたが、通い続けるうちに、体に起きている変化に気づいた。あれほど悩まされていた痛みが、いつの間にか消えていたのだ。血液検査の数値も少しずつ良くなり、めちゃくちゃ乾燥していた肌も、気づけば整ってきていた。
体が変わると、心も変わった。それまでの私は、自分をよく見せようと外見に何かを「足す」ことばかり考えていた。けれど体が整ってくるにつれ、ネイルやウィッグ、つけまつげがなくてもいいのではないか、と思えるようになった。そして思い切って、すべてをやめた。
周りの反応が気にならなかったわけではない。でも実際には、誰も何も言わなかった。自然に受け入れてくれていた。それは、自分が思っていたほど、他人は私の外見を気にしていなかったということでもあった。悩んでいたのは、他でもない自分自身だったのだ。
こうして私は、少しずつありのままの自分を受け入れられるようになった。カーブスは誰かと比べる場所ではない。競うことも、飾ることも必要ない。ただ、自分の体と向き合う時間が、静かに流れている。だからこそ、無理をせず、背伸びをせず、そこにいられるのだと思う。

 私には、もう一つ大切にしている思いがある。それは「うしろ姿美人」を目指すことだ。私には脊柱側湾症があり、背骨が曲がっていて、腰の少し上の骨が出ている。油断をすると、腰の曲がったおばあさんのような姿勢になってしまう。
うしろ姿をいちばん意識しているのは、カーブスにいる時だ。普段の生活では、つい忘れて背中が丸くなってしまう。このままでは、姿勢は少しずつ崩れていく。だからこそ、筋トレでしっかり筋肉をつけ、できるだけ良い姿勢を保ち続けたいと思っている。
若さを取り戻したいわけではない。ただ、これまで生きてきた自分の体を、あきらめたくないのだ。背中は、その人の生き方を映すとも言われる。ならば私は、これまで頑張ってきた人生を、できるだけまっすぐなうしろ姿で表したい。
これまでの私は、ありのままの自分でいることが苦手だった。けれど今は、無理に飾らなくても、自分の体と向き合うことで、少しずつ胸を張って立てるようになった。

 カーブスは、私にとってありのままの自分でいられる場所であり、これからの自分を支えてくれる場所でもある。
今日の私は、うしろ姿を少しだけ意識しながら、その扉を開けている。