朝起きると真冬でも窓を開け、朝の光と風を入れ、今日も生きていたのだと、感謝の気持ちで深呼吸をする。
「今日も行くぞ!」と、気合いを入れてカーブスへ。
ご近所の奥さんが「カーブス頑張って!」と、エールを送ってくれる。
奥さんのエールに励まされて、元気がでる。
リュックを背負い、パーカーを着て、颯爽と、十五分ほど歩いて、スーパーの中にある教室に向かう。トレパンにパーカー姿はスポーティで、ばあさんには不似合いでも、堂々と歩く。知り合いに会うと「どこに行くの」と聞かれたりするので、カーブスのことを話してお誘いしたりする。
いまでこそ、カーブスに通っていることをご近所やグループの仲間や知り合いに話し、「私の姿を見て」と、PRしてカーブスにお誘いもするが、以前はカーブスに行くことをためらって長続きする自信も無かったが、ご縁とは不思議なものだなぁと感じている。
十年ほど前にスーパーの一角で、女性たちがマシンを動かして運動している姿をかいま見たことがあるが、その時は、私には縁のないことと気にもかけなかった。夫と共に山仕事などの肉体労働を、ライフワークとして夢中で働き、丈夫であることを過信さえしてきた。
八十代になって夫を亡くし、病気ばかりしていたので、娘が介護しなければならなくなっては大変だと心配してか、違う町でカーブスに通っていたので「お母さんはカーブスに行くといいよ」と、無理やり勧められたのだ。
お金を払ってまでスポーツ教室に通う贅沢は考えられなかったが、娘がどうしても私をカーブスに行かせたいための熱意に根負けしてしまったのだ。
仕方なく通い始めたが、三日坊主では恥ずかしいので、こっそりと通っていた。それが、もうすぐ五年になる。
知人に「元気ね」と言われることがあるが、耳が遠いので、どうしても声が大きくなる。元気そうに見えるようだが、カーブスのお陰で、体が引き締まったからだと思う。
足が痛くて歩けなくなったこともあったが、カーブスを続けていたお陰で、いまではスタスタと歩けるようになった。歩く姿勢も意識するようになって、コーチから「姿勢がいいね」と、褒めてもらったことがあるので、道路では白線の上を真っすぐ歩くように心がけている。
人様にカーブスを勧めるには、自分自身の姿勢や意気込みも大切だと思われる。たんぱく質をしっかり摂り、筋肉をつけることの大切さを、カーブスに来て教えてもらった。コーチの指導でマシンを動かすことで、体が引き締まっていくことも感じるようになり、計測をすることによって、ウエストが一センチ縮まったなんて言われると、舞い上がり嬉しくなった。
娘に「年寄りがそんなに張り切らんでもいいよ」なんて笑われても、今では毎日のようにカーブスに足が向く。スポーツ教室なんて贅沢と思っていたが、カーブスに通い始めて、いまは、健康第一、自己流ではなかなか家で運動はできないので、私の意識も変わり、すっかりカーブスにはまってしまっている。
入会した時は車で通っていたが、幸い二年ほど前から、近くのスーパーにカーブスが引っ越してきたので、徒歩で通えるので歩くことも大切なだけに有難く思っている。
車に乗れなくてカーブスに行けなかった近所のお友だちも、早速入会してくれた。彼女は体が引き締まったと喜んでくれている。
東京の大学に行っていた孫娘が「カーブスに行きたいよぅ」と言ったので、私の紹介で入会した。場所は東京でも、私までTシャツを頂いた。孫娘は若いこともあって、均整が取れた体になって喜んでいる。
この頃、ふと、カーブスに入会してなかったら、どんな生活をしていただろうかと考えたりすることがある。ボランティアや社会活動、趣味の会など、いい先輩や友人に恵まれていることを有難く思いながら、人との出会いやご縁の大切さをしみじみと感じている。
私は今年の誕生日がくると米寿になる。
長生きさせてもらい、いままでお付き合いさせて頂いた方たちのお陰で、今の自分があることを思うと、すべての方に「ありがとう」と、感謝の気持ちで、毎日手を合わせている。
スポーツとは、それこそ縁が無かったので、あの時、娘にカーブスに誘われなかったら、生きていただろうかと思うと、年を取ってから未知のことに挑戦するのは勇気がいるが、そこに飛び込んでいってよかったと、カーブスに入会して命拾いをさせてもらったのだ。
カーブスは女性だけの教室で、運動に集中して無駄話もしない。予約なしで、好きな時間に行かれるので、気ままな一人暮らしの私には有難く、抵抗なく長続きできるのである。
コーチがさっぱりしていて適切な指導をしてくれるのも気持ちがいい。コーチから名前で呼んでもらえるのは、自分の存在を認めてもらえるようで嬉しい。仲間の方たちも名前を知らなくても、笑顔で挨拶をしてくれる。人間関係で変な気遣いもいらないので気楽。
わが家は愛知県・奥三河に持山があるので、結婚して、ハチに刺されたり、木にかぶれたりしながら、山仕事をライフワークとして必死で働いてきた。
そんな生活の中でも、社会とのつながりが大切だと社会活動やボランティアにも励んできた。創作グループではサルやタヌキなど、野生動物や山の風景等、童話の種として書き続け、童話と絵本を三冊自費出版もした。
私は好奇心も強く、厳しい山仕事をしながら睡眠時間四時間余りで、色々のことに挑戦して、がむしゃらに働いて、ストレスも多く、田舎育ちで粗食に耐えて、栄養のことなど考えずに、甘いものや漬物が好きでお腹いっぱい食べてきた。八十代になって医師から糖尿病と高血圧と言われびっくりしたが、自分の不摂生なので仕方がない。
昨年は空き家になっていた実家の片付けをしていて、庭木を切っていて尻餅をつき、腰を悪くして一年近くリハビリに通い続けた。親切な理学療法士の方は、糖尿病のために自転車漕ぎも取り入れてくれ、治療は終わったが「糖尿病は治らない病気だから、運動が大切」だと言って、カーブスを頑張ってと言ってくれた。医師もカーブスに行っていることをカルテに記入して、カーブス通いを応援してくれている。
糖尿病の持病もあり、私の命はカーブスに委ねられ、カーブスに生かされているのだ。老いの身を奮い立たせ、命を守るために、体が動く限りカーブスに通い続ける覚悟だ。