子育ても一段落し、専業主婦として過ごして早10年以上。
小学生から中学生まで、ずっとリレー選手に選抜され、運動は得意だったはずなのに、体型も20代の頃とは大きく変わりました。けれど「みんな年を取ればそうなんだろうな。」「好きな物を食べれるのは幸せなんだ!」と自分に言い聞かせ、過ごしていました。(笑)
運動が大切なことは頭では分かっていましたが、今更運動を始めたって続く訳ない、キツイ運動はしたくないと思っていました。ひざの痛みも有り、整骨院へも通いましたが良くならず、正座も出来ないくらい痛みが増していました。
娘からは「もっと痩せた方が良いよ!ジムにでも通ったら?」と何度も言われていましたが、60代になってから自分が何か新しいことを始めるなんて、考えもしませんでした。そんな忠告を流し続けて数年。ある日娘に、
「仕事が交代勤務になるから、平日に時間が出来る。だから一緒にカーブスに行こうよ!知り合いのお母さんが通ってて、楽しいって言ってるって」と言われ、その時も「私はいいよ。運動なんて大変そう。」と断りました。
しかし娘に、
「そう言うと思ってた、でももう無料体験申し込んだから!」と言われ、びっくり。気が強いのは誰に似たんだろう、あまり気が進まないな~と思って無料体験へ。その時の私は、カーブスについて、女性専用のフィットネスかな~くらいの知識でした。
店内に入ると、笑顔いっぱいのコーチが迎えてくれ、私と同年代や更に先輩の方も沢山運動していたので、「私でも出来るかも」と思えました。
実際にカーブスを始めると、それまで水を飲む習慣も無かった私が水を飲むようになり、気が付けばひざの痛みも無くなり、正座も出来るようになりました。何年かすると、顔なじみのメンバーさんも増え、楽しくカーブス生活を続けていました。
そんな中、今年始めに大腸がんが見つかり、手術をすることになりました。これまで大きな怪我も病気もなく、風邪も滅多に引かなかった私が、病気だと告げられた時は、とてもショックで落ち込んでしまいました。
入院までの日々は不安や絶望でいっぱいでしたが、娘から「こんな時こそカーブスへ行って気持ちを切り替えよう!あの明るいカーブスへ行けば元気が貰えるから!」と言われ2人でカーブスへ通い続けました。娘の言う通り、明るいお店の雰囲気、元気なコーチやメンバーさんの声にパワーを貰え、カーブスへ行っている間は病気のことを考えずに過ごせました。
また、カーブスマガジンの中に「がんの手術後も、カーブスに復帰できた」という記事を見つけ、とても希望になりました。昔からあまり人に心配されたくない性格のため、コーチにもギリギリまで入院のことを知らせませんでした。入院中も娘は、カーブスマガジンを持って来て「これしっかり読んで、イメージしといて。退院したらまた一緒にカーブスだからね!」と相変わらず厳しかったです(笑)
あとから聞きましたが、娘は、私が病院で頑張っている分、負けていられない!と、私が入院中、手術の日も毎日カーブスへ行ったそうです。入院中のリハビリでは「あ、これはカーブスのあのマシンの動きに似ている」と思う運動もあり、リハビリの先生にも、カーブスで運動習慣があることを話すと褒められました。
無事に退院し、カーブスには退院の翌日から復帰出来ました。体力も落ちただろうし、最初は1周でも良いかな~と思っていましたが、すぐに2周のワークアウトに戻れました。これには自分でも本当に驚きましたが、カーブスで日々の積み重ねがあったからこそだなと実感しています。
今では身体が軽くなり、病気になる前よりも、もっとマシンを大きく、速く動かせる気がしています!
また病気をキッカケに、食生活に気を付けるようになり、カーブスで頂くレシピが大変参考になります。レシピと全く同じでなくても、少し食材を替えたり、自分で出来る範囲で作っています。
ここまで元気になれたことは、病院の先生方にももちろん感謝していますが、カーブスのコーチ達がサポートしてくださったおかげで、体力がついていたからと実感しています。コーチの皆さん、いつも明るくサポートしてくださりありがとうございます。
あの時、娘に無理矢理でもカーブスに誘って貰って良かったです。娘は、仕事の都合でカーブスに通えない日もありますが、幼馴染や同僚、県外のお友達を誘って、どんどん筋トレの輪を広げています。
誰でも病気になるのは嫌だと思います。だからこそ保険に加入したり、将来に備えることは大事ですが、カーブスで筋力や体力をつけることも、自分の人生に対する備えになると分かりました。
私はカーブスで特別何か頑張っていたのでなく、ただ自分のペースで通い続けただけです。
通い続ける、それだけで大丈夫。
通い続けられることが、有り難いと分かりました。
これからも娘と一緒に仲良く、そして娘に負けない様に、カーブスを続けて、人生楽しく過ごしたいと思います。