「思ってたのと違う・・・」
エレベーターのドアが開いて、目の前に現れた光景に思わず足が止まってしまった。それはマンションの一室。細い入り口の向いのフロアには沢山のご婦人達がいる。「思ってたのと全然違う・・・」おばちゃんの私はしばらく見つめ続けるしかなかった。
それは私のスマホに突然送られてきたカーブスからのメッセージが始まりだった。「5キロやせて、スッキリしました」「体脂肪が10%も減って、昔のスカートが楽々入るようになりました」「血圧が下がって、お医者様に褒められました」等など、ユーザーさんの声は私が望んでいるものばかりだった。しかも、「丑年と寅年の皆様には特別キャンペーン実施中」の文字。何故か年回りまでぴったりハマっている!これは行かない手はない!と訪れてみたものの、私の足はエレベーターの前で動くことが出来ずにいた。
「こんにちは!どうぞお入りください」予約をしていたため、コーチは明るく迎えてくれた。そう言われて靴を脱いだ私の耳に聞こえてきたのは、今は懐かしい16ビートの曲だ。私達の年代なら誰もが慣れ親しんだディスコサウンドというやつだ。
ビートに合わせておばちゃん達は撥ね続けている。ビチビチビチビチ...楽しそうに。それに続いて、英語のアナウンスが聞こえてきた「Now、move the何たらかんたら......」
DJの声に合わせておばちゃん達は場所を一斉にチェンジする。イソイソいそいそ無表情で。
いや、中には声を掛け合い笑い合っている人たちもいる。そうだとしても「思ってたのと全然違う」スマホの広告には、コーチの優しい指導のもと、優雅に微笑むマダムたちの姿があった。もちろん音は聞こえないものの、16ビートとは程遠い雰囲気だ。
コーチに促され、面談に入った。お試しといっても、簡単にマシンを体験させてくれるのではないらしい。「薫さん。カーブスでは下のお名前で呼ばせてもらいますね」所定のカードをめくりながら次々と質問が繰り出される。幼稚園のママ友から名前で呼ばれることは知っていた。「でも苗字で呼ばれたい人はどうするんだろう...」逡巡(しゅんじゅん)しているうちに体重や身体のサイズを測られ、腹筋や片足スクワットのテスト。そして出た結果が「60代の平均ですね」...耳を疑った。生まれてから今日まで体力だけで勝負してきた。筋力にも自信があった。しかし、同い年ではなく60代の平均だ。還暦から3年しかたっていないのに...それはどこで集められたデータなのか?厚生省なのか?カーブス調べか?頭の中が混乱してくる。その間もコーチはタンパク質の大切さ、筋力の重要さを熱心に説いてくる。
そして、「では、マシンをやってみましょう!」の声。「来た来た!これを待っていた」しかし、実際に体験できたマシンは12台のうち2台。やはり「思ってたのと違う」混乱に残念感がプラスされた上で、入会の案内だ。急に脳内が覚醒してくる。さあ、しっかりせねば。「今ならキャンペーン料金でご入会いただけます」の言葉に心は踊るが、週一回30分のペースだとかなりコスパは低い。本当は地元の公共施設並みが理想だ。聞けばほぼ毎日のように通ってくるメンバーもいるらしい。それは無理としても月に10回通えば、ワンコインにかなり近づく。計測結果も並みだし、何よりお気に入りの服が着られなくなってきたことも悩みの種だった。結局、入会書類にサインをしてその日は完了。
まだ興奮状態の私の頭の中に蘇ってきたのは「行けば分かるわよ」という前述のママ友の言葉。それ以上に、この混乱を予想して面白がっている慈愛に満ちた彼女の表情だ...やられた。しかし、この後も「思ってたのと違う」が続くとは、その時の私は知らない。
カーブスには毎月計測がある。言い訳無用のメジャーと身体計測が待っている。ハッキリ言うと、9ヶ月経った今、体重は変わらないどころか増えている。「思っていたのと違う」を越えて「こんなハズではなかった」と泣きそうになる。しかし、選んだ場所も悪かった。スタジオは巣鴨地蔵通り商店街に面しているのだ。そこはカーブスが忌み嫌う「糖質」の魔のロード。色とりどりの餅菓子や、甘味が誘いをかけている。最初の数か月は「きょうは頑張ったご褒美に」と、それらを度々買っていた私も悪い。
しかし、その誘惑に打ち勝つことが出来た後も、私の体重は減らない。逆に微増している。コーチの誰に相談しても、「筋肉は脂肪よりも重いのです」の答えが返ってくる。
そうなのか。今、私の脂肪は筋肉に変わってきているのか。と自分を無理やり納得させる。元カーブス生だったコーチも「私も三ヶ月くらいは体重が減りませんでした」と励ましてくれたが、急に焦りが生じて、カーブスは私に向かないのかもしれないとさえ思えてくる。
スタジオには沢山の張り紙があり、メンバーを励ましてくれる。中でも私が一番好きなのは「迷ったら来る」だ。この言葉に背中を押され、足を向けている人は私だけではないだろう。
通い始めた頃は30分のワークは楽すぎると思っていた。けれど今は違う。マシンを全力で渡っていると、かなりキツイ。その上、コーチも熱心に声をかけてくれる。自分では限界まで頑張っているつもりでも、「はい、もっと!頑張って〜」の声でさらに熱が入る。24分のマシンワークでヘトヘトになった身体を、6分間のストレッチでクールダウンさせる。
数か月経ってやっと「吐く・吸う」の正しい呼吸の仕方が身について来た。また、腹圧も常に意識するようになった。その効果かどうか、恥ずかしながら尿もれが少し減った。
しかし、体重は一向に減らない。励ましてくれるコーチに申し訳なく思う日々が続く。
半年経った頃、久し振りにパンツスーツを着た。私は太ももが太いので、サイズをそこに合わせると、ウエストとお尻の部分がブカブカになるのだ。しかし、その日は驚いた。「お尻の上が張っている!」信じられない思いで鏡に映してみたら、寄っていたはずのシワが少なくなっている。これが筋肉なのか...?コーチは常々「小さなことでもいいので嬉しいことがあったら教えてくださいね」と声をかけてくれているので、いそいそと報告してみる。劣等生の私にとっては初の成功体験だ。「ヒップアップしましたね!」とコーチは喜んでくれた。「え?これが?」ヒップアップとは、垂れたお尻の位置が上がることを言うのではないのか?これではお尻が縦に長くなっただけではないのか?久し振りに「思ってたのと違う」が蘇ってきた。
しかし、客観的に自分の体を観察してみると、ハムストリングスがしっかりしてきたし、上腕部の振袖が小袖くらいになっている。体重が増えても、顔が太って来た感じはない。
体脂肪は微減、筋力も微増、BMIは現状維持。だとしても、身体が確実に変わって来ていく兆しはある。私は決めた。この感覚を大切に自分を評価してもいいのではないか。
少し余裕が出来ると、周りの様子もよく見えるようになってきた。年齢も体型もまちまちのメンバーさんが自分のためだけにスタジオに通っている。それぞれ悩みや家族の状況もあるだろうが、この30分だけは自分を大切にしている。中には、病み上りと思われる方もいたり、ご高齢のために30秒ごとにマシンを移るのさえ大変そうなご婦人もいる。また、仕事終りに通っている若い女性もいる。誰とも競わず、誰もが皆を応援している。とても心地よい空気が流れている。こうして自分のために時間とお金を使い、なりたい自分を目指せることは幸せだと思うようになると、自然に笑顔が浮かぶようになった。すると、挨拶を交わすメンバーさんも増えてきた。特に私が密かに「巣鴨かしまし娘」と呼んでいるご婦人たちと遭遇した時はラッキーだ。彼女たちの話は面白くて、時々コーチに「マシンに集中しましょう!」と言われるのもご愛敬。まさに可愛いおばちゃんのお手本のような存在なのだ。あんなふうに年齢を重ねられたらと思う。
この頃は欲も出て、笑顔ついでに顔の筋肉も鍛えようと思うようになった。おばちゃんは一挙両得が大好きなのだ。ヨガの時のように穏やかな表情で、フラを踊るように微笑みをたたえてと、呼吸のたびに口角を上げるように意識する。ただし、やりすぎると「バカ殿」になるので、注意しないといけない。
9ヶ月経って、カーブスの効果は数字となって現れてはいないが、以前の自分とは確実に違う私がいる。家にいて30分漫然とテレビを見ていたら出会えなかった自分だ。「私はカーブスをまだやめられない」。でも、答えは何となく分かっている。「私はカーブスをやめないと分かるまで、やめられない」のだ。
入賞
「私がまだカーブスをやめられない理由」
カーブスって
どんな運動?