昨年の11月、私は命の危機に直面しました。だからこそ一人でも多くの人に筋トレの大切さを伝えたいと思い、今回このエッセイに応募しました。
もともと運動は嫌いで運動音痴の私ですが、ある趣味をきっかけに、「何か運動をしなくては。」と思い、東日本の震災があった年にカーブスに似た運動施設に通いはじめました。しかしその施設が事情により閉店。似たような施設はないものかと探していたとき、自転車で走っていて見つけたのがカーブスでした。体験の予約を決め、体験したその日のうちにすぐに入会し、2014年5月から私の筋トレがスタートしました。
私は、40代で子宮筋腫、50代で胆管結石による繰り返しのステント交換入院、60代では膀胱癌と年代ごとに病気に悩まされてきました。カーブスに通い始めてからも、病気による入院、手術が必要な状況になることもたびたびあり、一昨年は椎間板ヘルニアによる痛みに悩まされ、起き上がることもままならず、思うようにカーブスに通えなくなることがこれまでにたくさんありました。
そしてカーブスで筋トレをするどころではなく、長く休む期間が続くたびに、お金がもったいないから一度退会したほうがいいかなと思うこともありましたが、娘から「退会したらお母さんはカーブスに戻らないかもしれないから、籍を置いておいたほうがいいよ。」と励まされ、退会せずに籍を置き、状態が良くなったら少しずつ筋トレを再開する、その繰り返しでした。
70代に入り、休みながらもカーブスでの筋トレも長く続けてきたことから、もう今までのように病気に悩まされることもないだろうと思って過ごしていましたが、昨年11月、トイレに行くと血尿がありました。何日も続けばすぐに病院へ行ったのでしょうが、一時的なものだったため特に気にもせずにいました。
その数日後に熱が出た時も、解熱剤を飲めば下がったので、自分の中ではたいしたことではないと思い過ごしていましたが、その後トイレに間に合わなくなるほどの頻尿、のちに、きづけば丸一日排尿がなく、そのことにおかしいと感じた娘が病院へ行くよう私に勧めました。病院に行くためになんとか着替えようとしましたが、体が言うことをきかず、布団から起き上がろうとしてもうまく起き上ることができず、すぐまた布団に倒れてしまう、その繰り返しでした。自分で着替えることもままならず、気が付いたら私は救急車の中にいて酸素マスクをつけられていました。救急隊員に今日の日付を聞かれ、日付をなんとか答えたところで私の意識は途切れ、次に気がついたのはそれから3日後のことでした。
後から娘から聞いてぞっとしました。救急車で運ばれた時の私の状態はひどい状態だったとのことです。GICUに即入院。対応してくださった医師から、
娘は、「ひどい状態です。今日から2日間がヤマです。最悪の場合もあります。」と説明を受けたとのことです。右の腎臓が機能しておらず、腎不全、腎盂腎炎、肺炎に伴う重症感染症、炎症反応数値CRPは基準値の0.14に対し37.56。3300~8600が基準値と言われている白血球数は24400。また腎盂腎炎の重症化による敗血症ショックで血圧は上が70という状態でした。
集中治療の結果、3日後に一般病棟に移った際、娘が主治医から改めて受けた説明をあとから私も聞きましたが、集中的に治療をするために、大量の水分と血圧をあげるための薬を点滴で一気に体に入れたそうです。「これだけの過酷な治療に耐えられたのは本人の体力があったからですよ。」と主治医に言われたそうです。娘は「お母さんカーブスで筋トレをやっていたからだ。」とすぐに思ったそうです。そして、透析や輸血も視野に入れていく必要があるという話もありましたが、その必要もなくなるほど状態は良くなり、入院から3週間後無事に退院することができました。
これまでの私は、カーブスでの成果を体重や体脂肪の変化しか見ていませんでした。しかし今回、途中途中休みながらも10年以上カーブスで筋トレを続けてきた今までの積み重ねが、自分の命を支えてくれたのだと実感しました。
もし筋トレをしていなかったら、もし途中で筋トレをやめてしまっていたら、、と考えると、今でもぞっとします。
そして、カーブスにはもう一つの良さがあります。私は車の運転ができないため、雨の日や体調がすぐれない日は店舗に通うのが難しいこともあります。そんな時でも、ボールとバンドを用意するだけで、おうちにいながらもコーチからのサポートを受けながら筋トレをすることができるおうちでカーブス。天候や体調に左右されずに自分のペースで運動を続けられること。店舗もおうちも両方あることが、私の今の体力維持につながっていると感じています。
今回、私はもちろんですが、家族も筋トレの大切さを感じたようです。私の夫は、私がカーブスに通っていることも、おうちでカーブスをしていることにもあまり関心はなく、カーブスの話をしたことはなかったのですが、私の入院中、毎日のように娘に、「今までお母さんが筋トレやってきたから、積み重ねてきたから命が助かったんだよな。」とカーブスの話でもちきりだったようです。
そして、夫はカーブスではありませんが、週1回~2回の運動時間を確保し、今まで以上に健康管理に努めています。
今回の病気は今まで数々の病気を患ってきた中でも、一番命にかかわる病気でした。その私を救ってくれたのは間違いなく、休みながらも続けてきた筋トレでした。見た目や数字が変化する成果も嬉しいものですが、積み重ねてきたこと「貯筋」が命を支える力につながったこと。その力をつけることができたこと、運動音痴の私がこんなに長く筋トレを続けてこられたのは、いつも変わらず迎えてくださる店舗のオーナーさんや店長、コーチの皆様の声掛けや一人ひとりに合わせたサポートがあるからこそです。退院後にワークアウトはできなくても、久しぶりにカーブスに行ったとき、「貯筋があったから乗り越えられたんですね。」とオーナーさんから声をかけていただき、その言葉が今でも耳に残っています。
命の危機から3か月。入院中はスマホさえ重く感じた私の体は、ワークアウトを1周できるまでに回復しました。
あの時、私の命を支えてくれたのは、間違いなくこれまで積み重ねてきた貯筋だったのだと今はっきりと感じています。これからもこの積み重ねを大切にしながら、自分の体と向き合い、無理のない範囲で筋トレを続けていきたいと思います。そして支えてくださるオーナーさん、店長、コーチの皆様、そしてカーブスという場所に心から感謝しています。