幼い頃の私の夢は幼稚園の先生、成長して本が好きとの理由から出版社を希望したが、不合格、自分の実力に合った小さな繊維会社に就職、経理の仕事についた。勉強が余り得意では無く、短大に行ける環境にありながら、そのかわりに二年間洋裁学校へ行こうと決めていた。仕事も二年間のみ、社会勉強としては短いけれど、世間知らずの私には有意義な時間となった。二十三歳の時、お見合で夫と出会い、一目惚れ(私)で結婚する。
二十五歳で長男、二十八歳で二男を出産し、幸せな人生を歩んでいた。子供達も大きくなり、手話を学び、サークルに入って聴覚不自由な方達と交流し、手作り絵本の講座、自分史製作の講座etc、自分の趣味に時間を使える様になった。今考えると、その頃の目標(夢)は、子供達が元気に自分達の夢をかなえてくれる事だった気がする。
平凡な日々が続く中、前から夢みていた、「ピラミッドを観る」「ナイアガラの滝を見学」「万里の長城を歩く」三大イベントを夫と実現する。この他に海外、国内と旅をする。
夫は私が誘うと、どこにでも一緒に行ってくれた。楽しい思い出は生きる糧である。
内科・眼科・整形外科に通院していた夫、輸血が必要と即入院、検査の結果、「前立腺ガン」が判明、医師から余命三ヶ月と告げられ、ドラマの中で良く見る出来事が実際に自分の身に起こるのだと茫然とする。
退院の時病気が完治し、家に帰れるなら、どんなに嬉しいのにと、涙した。介護認定も受けず、誰の助けも借りず、夫婦だけでゆったり過した。痛み止め(モルヒネ)のお蔭?三ヶ月が一年二ヶ月迄延びた。
平成十七年五月十日、午前一時六分、三日間の再入院後、満六十八歳で逝く。私は満六十三歳、家族全員で最後を看取れた。心電図の値が0になった時"嫌だ〜"と叫んだ。
あれから二十一年が過ぎた。夫の転勤も無く地元に住み続け、中学のクラスメート、洋裁を共に学んだ友、手話を通じ仲良くなった仲間、趣味で出合った友人、自分史、傾聴ボラで活動する婆四人の仲良し、NTTモニターをやった美女達?と多くの友人達が居る。時々ランチやお茶する時間が楽しい。
独り暮しは気楽で自由、それでも孤独感を感じる時がある。八年程前、洗濯物を干す為椅子に乗り倒れて腰を骨折した。その事がきっかけでカーブスへ入会する。カーブスは現在全国に二千店舗があると言う。日本での創業から二十年が経ち、91.5万人を超えるメンバーが健康のために筋トレを続けている。
私もその中の一人、週に三回、月に最低十回を目標に西友鳴海店へ通う。"三千代さんこんにちは"と笑顔で迎えて下さるコーチ達、私も笑顔になる。部屋の中は女性のみ、"今日のお洋服素敵ですね""こんにちは"等、名前は知ら無くても会話も出来て嬉しい。
行く度に思うのは、こんなに沢山の女性が健康に関心を持っているという事である。誰もが元気に楽しい毎日を過したいと願う。
筋肉は中年以降、年1%の割合で減り続けているらしい。カーブスで筋トレする事により減少をくい止め、「寝たきり」や「要介護」にならない様続ける事が大切だと思う。入会して八年弱が過ぎた。体重は甘い物を食べる割には増えず、維持。一番嬉しいのは、圧迫骨折した腰の痛みが殆ど消え、湿布薬を貼る事が少なくなった。たまに痛みがある時もカーブスで身体を動かせば軽減する。
動く事がにがて、買物のついでに行け、30分という短時間、自分の体力にあわせて筋トレ出来る、長く続けて来られた理由である。
ゴールドカード?10年通えばプラチナカード?わ〜い!次なる目標が出来ました。家族に迷惑をかけ無い様、毎日、前向きな気持ちで人生を楽しめる様、今日もカーブスへGO〜。♡♡♡