私は普段、事務の仕事をしており一日中座っています。体力の低下を感じながらも、特に何もしていませんでした。そんな私の筋力低下を心配した同僚が、カーブスを勧めてくれたのです。同僚自身も通い始めてから、姿勢や体調が良くなってきたというのです。電車で通勤する以外、体を動かす習慣もなく、少しずつ体重も増加し始めていました。仕事の昼休みなら通えるかもしれないと思い、思い切って体験に申し込みました。

 体験時にコーチから「どこか痛むところはありませんか」と聞かれ、若い頃、介護の仕事で腰椎症を発症し、坐骨神経痛で右足に痺れがあることを伝えました。痺れは慢性化し、痛みが強い時には整形外科でリハビリも受けましたが、完治には至りませんでした。この痛みと痺れとは、一生付き合っていくものだと覚悟していました。
 そんな私にコーチは、「筋トレを続けていくと、その痛みは良くなりますよ。そういう方々をたくさん見てきたから」と励ましてくれました。でも三十年付き合ってきた痺れはそう簡単には治らないだろうと、さほど期待していませんでした。
 そうしてカーブスに通って半年が過ぎた頃、通勤途中、急いで信号を渡ろうと走ったところ、いつもより足が上がり、かろやかに走れるではないですか。「あれっ、足痛くない」
心の中で思わずつぶやきました。
 
 痛いことが当たり前だったのに、こんなことってあるのだなあと、知らぬ間に痛みから解放されていたことに驚きました。嬉しくてコーチにも報告しました。
「私、もう足が痺れていないんです。どこも痛くないんですよ」と晴れやかに伝えると、コーチも
「それは良かったですね。筋トレってすごいんですよ」
と笑顔で返してくれました。

 そして数年たったある日、胸に違和感を覚え病院へ行くと、すぐに「これは乳がんです」と告げられました。病名は衝撃的でしたが、身体には症状がなく元気でしたので、普段通り仕事をし、カーブスへ行き、合い間に診察や検査を受けていました。
 そして抗がん剤が始まり、吐き気はなかったものの、髪がすっかり抜け落ち、ウイッグを装着しながら日々過ごしていました。後半の抗がん剤は、身体中に筋肉痛のような痛みと倦怠感といった副作用が強く、心が折れそうでした。それでも仕事をしていた方が気が紛れるので続けていました。
 ただ、カーブスに通う気力を失くし、一時退会しようと決めて手続きに行くと、コーチから「仕事に来られるなら、カーブスも週に一度、軽い気持ちで来てみたら?気分も変わると思うよ」と背中を押され、通い続けることにしたのです。すると行くたびに、コーチの明るい笑顔と優しい言葉に元気と頑張る勇気をもらい、手術直前まで通うことができました。
そして術後も思いのほか体力の回復が早く、五日で退院し、放射線治療も終え、今では普通の日常を過ごしています。

 ここまで来るには、私だけの力では無理でした。今の私があるのは支えてくれた家族や医療従事者の皆さま、職場の方々のおかげです。そして何より「直美さんなら大丈夫」と私の身体を気遣いながら励まし続けて下さったコーチに感謝しています。これからも心と身体の健康の為にカーブスに通い続けようと思います。そして支えてくれたすべての人への感謝を胸に歩いていきます。