「このままではだめっ!なんとかしなきゃだめっ」当時、同母兄妹の兄を亡くし、少し落ち込みかけていた時に聞こえた私自身の声なき声だった。数日後、気をとりなおし体験入会。気がついたら十五年。現在一緒に通いはじめた娘もいつしかゴールドメンバーに。過去五年はTシャツを娘と揃えて色ちがいの同柄、はたまた色も柄も全く同じやらと二人で楽しんできた。そして今後も続けるつもり。
 
 さて、子供の頃から大嫌いな運動、体育の授業は逃げだしたくて気が重かった私が、今日迄続くとは...我ながらびっくりだ。
「たかが三十分、されど三十分。」と朝のオープン迄の待ち時間に交わす会話の中で時折聞く言葉である。正しく確りとマシンに向き合う三十分は貴重な三十分である。帰路、食材、雑貨の買物をして帰宅、数十分後には軽い眠気がおそってくる。年令のせいかな...?

 計測時、カーブスをしていなかったらどうなっていたかを問われれば、私は迷う事なくトドになっていたと答える。低身長で体重だけが増えていたら想像は容易であろう。小柄なトドだ!!ほんと、トドにならずによかった。
 躓くことは家の中でも外出時でもよくある。転倒も数少なく、万が一転倒した時の骨折が気になるが八十才を迎える今でもその経験は無く、願わくば最期迄そうであるよう心がけていようと思う。そして、出産毎に各々椎間板ヘルニアが発症し、家の中を這いながら家事、育児を経験してきたが、過去十五年、その痛みを忘れていた。時々(あっおかしい)と感じても痛みは悪化しなくなっている。気づかない間に腹筋・背筋が鍛えられていて腰痛時のコルセットも今ではタンスのどこかに忘れられている。

 そして今年、二〇二六年一月三日、娘とお正月映画を楽しんだ帰り、デパートの惣菜売場へと下りのエスカレーターに片足を乗せたその瞬間、上半身がのけ反り咄嗟に反対側の足に力を入れてとどまり、エスカレーターにかけていた足を引き寄せて事無きを得た。原因は私のショルダーバッグのベルトが手摺にひっかかっていた。エスカレーターの乗り口で転倒する原因がこの時はじめて理解できたように思えた。
 先に下りていた娘がその異変に気づき、血相を変えて下る段を逆走して私の手をつかんで二人無言で顔を見合せた。翌日、娘がおもむろに「お母さん、カーブスのおかげよ。筋肉が鍛えられ、体幹がしっかりしているから難を逃がれて、下りのエスカレーターを私も逆走できたのよ。そうでなかったら転倒して大変な事になっていて、たくさんの人達に迷惑をかけていたわ...」と。娘にしても大腿部の筋肉と体幹あっての逆走であって、これこそが(たかが...されど)なのであると思う。

 身心共に病んでいた娘もこの五年間で笑顔が増え、顔つきも晴れやかになり親の私も嬉しく思い、カーブスへ誘って良かったと心底思える日々である。過去十五年、大きな変化もドラマも無いが、日常を平坦に過ごせる事が最大の幸福だと思っている。今後も娘とふたり、カーブスを楽しみ、私は自力での歩行を目標にして子供達への負担を極力軽くしたいと願う日々であり、介護が必要となっても素直でかわいい愛されお婆ちゃんでありたいと思っている。そして、やっぱりカーブスを続けていてよかったと心の底から感じている今日この頃である。