私はすごく運動能力が低い。30年前PTA競技で私は一生懸命に走ったリレーだったのだが、歩いていると笑われた。もっと昔の話をすれば跳び箱を跳んだら箱がくずれ、箱の中に入ってしまったほどだ。今もそれは変わらない。
年をとり縁あってカーブスに入って二年ほど過ぎた頃、あれほど運動が出来ないのにカーブスを甘く見てしまい(これぐらい家でもできるわ)と思い、やめてしまった。コーチがついてその時の体調に合わせ助言をして、また励ましてくれるような所は他にないのに、と、今ではわかる。
それから半年後に胸椎を折った。回復してきた頃にすべり症がひどくなり脊柱管狭窄症まで発症して、常に足が痺れている。診察に行く度、医者に手術を勧められる。先日は、「歩けているのが不思議なくらいだ」とさえ言われた。
そう言われながらもカーブスに行くことが出来ている。趣味の畑仕事だって出来ている。ただ時々、痺れが足裏から腰あたりまでくると足の感覚がなくなり、一歩もでない。でもそうなった時の処置方法やそこに至るまでの理由が解るようになってきた。
例えば、主人とよく外食をするのだが、座りっぱなしだと危うい。食事が終わって立ち上がると痺れがじわじわ上がって来る。スーパーなどのカートで、押しては品定めで止まる、を繰り返すと痺れは治ってくる。同じ姿勢だと痺れがひどくなるけれど、ちょこちょこ動くと大丈夫なのだ。多分、病気としての症状がMRIで撮られて医者に診られるより軽いのだろう。これもカーブス通いのおかげかもしれないと思う。
カーブスに復帰して数年になるが、姿勢がだんだんと良くなり、以前なら朝の起き上がりはお辞儀をするように前に傾いていたのだが、最近では真っすぐになっている。主人は数か月前までババアみたいだと笑っていたが、年齢は確かにそうだが皺を除けば若返ってきている。筋肉がサポーターになるという話をコーチから聞いていたのだが、まさしくこれだと思った。
若返りの理由はそれだけではない。話をすることが増えたこともそうだと思う。行きかえり道で、メンバーさんに会うと、「お疲れ様」と言い、逆の立場だと「行ってらっしゃい」と言う。時には立ち話をする。カーブスの中でもロッカー前で「寒かったね」と話し、また入ったマシンの所でも運動している人たちに笑顔の挨拶をする。少しなのだが話すことが楽しい習慣となっている。
コーチが「今日は体調どうですか」と聞いてくれる。自然とすぐに答えられる。先日など、四歳になる着ぐるみ恐怖症の大きな孫を抱っこしたが平気だったと答えた。イベントで二体の着ぐるみと会わせてしまいギャン泣きとなったためだった。その孫が二歳の時でさえ抱きあげることが出来なかったのが、出来るようになっていたのだ。自分でびっくりしたと付け加え伝えた。
私の若返りの理由はもう一つある。憧れの存在がいることだ。いろいろな人生をメンバーの皆さんから聞く中で、九十歳前後の三人の仲良しさんが素晴らしい。三人ともシャンと背筋が伸びていてオシャレで気品高く見える。私も彼女たちのように少しでもなれたら良いと願う。外見も変えていきたい。
私が初めの入会後にすぐ娘が入り、娘は今ゴールドカードになっている。こんな私たちをみていた主人が昨年入会した、我が家では、「今日はどうだった?」と聞き合うような共通の話題ができた。主人は、体重が増えたらしい。私は、「筋肉は重いから筋肉がついたんだよ」と言い、先輩風を吹かす。
娘はメジャーでお腹周りを毎日計り、一センチ縮んだと喜んでいる。私はと言えば、今日も駄菓子を一袋開けてしまったと少しだけ後悔の日々を送っている。でも毎日がとても楽しい。明日も孫から「婆ちゃん遊ぼう」と電話がかかってくるだろう。公園に行くつもりだ。今は三月半ば、花の芽はどうだろうか。
入賞
「毎日が楽しい」
カーブスって
どんな運動?