私は定年退職後も再任用で中学校教員をしています。
私が「カーブス」と出会ったのは、2020年12月のことです。コロナ禍で学校は休校を余儀なくされ、授業がなくなり体を動かすことが少なくなりました。それを補うため、ウォーキングを始めましたが、膝を痛め杖のお世話になるほどでした。そんなとき、職場の先輩に「一度体験に行ってみない?」と誘われたのが「カーブス」でした。
最初はお店に上がる階段がつらかったのですが、お店に入るとコーチの皆さんの明るい「こんにちは!ひろこさん!」の声に元気をもらい、運動中の声かけも褒め言葉でやる気がでました。仕事が忙しかったので、週2回ぐらいしか行けませんでしたが、体は素直に反応し、1ヶ月ぐらいで杖も必要としなくなりました。その後も週3回ペースで通い、膝の痛みもなくなり、体重も順調に落ち、筋肉もついてきて「カーブス」に通うのも楽しくなってきました。
 2025年5月。以前から職場の定期検診で血糖値の値が少し高いことを指摘されていたのですが、この際きちんと専門医に診てもらおうと思い、本で読んだ大阪のTクリニックを受診し、検査を受けたところ「膵臓に塊がある。大きな病院で診てもらった方がいい。」と言われ、自宅近くの赤十字病院を受診し、精密検査をすることに。検査後内科の主治医から「膵臓がんステージⅡ」と言われ、頭の中が真っ白になり、「これはやばいことになった!」
それからは、あれよあれよと言う間もなく治療のベルトコンベアーに乗せられ、術前抗がん剤投与が始まり、髪の毛も全部抜けた。そんな中でも「カーブス」に通うことを止めなかった。手術に向けて少しでも体力・免疫力をつけようと思ったから。幸い食事も普通にとれたのはありがたかった。抗がん剤が効いて腫瘍が少し小さくなり、外科に移って10月終わりに7時間に及ぶ手術を受け、1ヶ月の入院。手術翌日からリハビリが始まったが、一週間たつ頃に理学療法士の先生から「筋肉はあまり落ちていませんね。しっかり歩けていますね。」と褒めていただきました。「実はカーブスに通っていて、入院前にしっかり鍛えてきました!」と報告すると、「それは素晴らしいですね。回復も早いし、いいことです。」とおっしゃっていただきました。
体が少しずつ楽になってくると、病棟の中を1日に何回も歩き回っていました。1ヶ月後無事退院し家庭療養にはいりました。退院した翌日には挨拶がてら「カーブス」に。コーチの皆さんが温かく「お帰りなさい。」と出迎えてくださったのがうれしかったです。また、同じ店に通っておられる同級生の方、同じ隣保の方、娘たちがお世話になった担任の先生や校長先生、過去に一緒に勤めた先輩・同僚の先生、などたくさんの知り合いの方から優しい言葉をかけてくださったこともうれしかったです。
 12月頭からできる範囲で少しずつ運動を再開しました。食事も少しずつ元の普通食に戻していきました。一度にたくさん食べられないので、タンパク質をしっかり取ることを意識し、卵・豆腐・魚・カーブスプロテインを毎食少しずつ食べ、「カーブス」での運動もほぼ毎日しました。いくら入院前に筋肉の貯金をしていたとはいえ、退院後初めて運動したら筋肉量も落ちていてマシンを動かすのがしんどかったのですが、3ヶ月たった今ではほぼ入院前の運動ができるようになりました。
12月から術後補助療法の抗がん剤を飲み始め、6月終わり頃まで続きます。1月下旬に仕事復帰し、先日の卒業式には、3年生と約束していた式中ピアノ演奏で送り出すことができ、「手術もカーブスも頑張ってよかった。」と心から思いました。
まだまだ治療や経過観察が続きますが、再発防止のため、免疫力をつけるために「カーブス」での運動を続けていこうと思います。