〇カーブスとの出会い
私は60歳を過ぎる頃から体のあちらこちらが凝り固まっているようで気分が優れないまま毎日を過ごしていました。
仕事は農業。兼業農家で、勤めを退職して畑仕事を始めた夫と二人で1町歩ほどの田畑に米や野菜を作り、直売所へ出荷するという毎日でした。苗作りや栽培管理は忙しくもありますが、野菜の育って行く様子や収穫の喜びが味わえ、私たち夫婦にとっては平穏で楽しみの多い日々の生活でした。
しかし体の衰えは顕著に現れ、特に肩こりがひどく、明日は病院へ行こう、明日こそはと・・・。
そんな時何気なく目に入ったのが「30分でできる女性のための筋トレ」というカーブスのチラシでした。直感で"これだ"と思った私は、一目散に隣町にあるカーブスの教室にむかいました。
私はスタッフの方に事情を話すとすぐにサークルに入れてくださり、マシンの使い方の説明を聞きながら体験をさせて頂いたのです。するとどうでしょう、たった1回の体験で何か違うぞ、肩が少し軽くなったよう。私はうれしくなり続けて3回通いました。するとたった3回で肩こりが完全に解消されたことに初めて筋トレの凄い威力を実感したのです。
このことを機に私はすぐさまカーブスへ入会しました。
スタッフの方達からはマシンの使い方を始め、筋トレの重要性、タンパク質の取り方など事細かく説明を受け、また店内の壁一面に張られたパンフレットからは筋肉についての情報が自然と目にはいるのです。

 〇私の心に強烈に響いたゲイリー氏の言葉
そんな中で特に私の心に強くとまったのがカーブスの創業者である「ゲイリー氏」の記事でした。
若くしてお母様を亡くし、その悲しかった経験から、世の中の女性が健康で過ごせるためにとの願いからカーブスが生まれたという内容です。
私は彼の言葉を息子からのメッセージと熱く受け止め、筋肉を鍛えるべくカーブスをスタートしたのです。
ところで私の体は肩こりは完治したのですが、両膝は変形性膝関節症の症状が進み、長年その痛さをこらえながら生活を送っていました。整形外科を受診すると、手術を受けるか筋肉をつけるしか治療方法はないと言うことでした。
私は手術の決心がつかないままカーブスの筋トレと農作業で、体を動かすことで痛みや不自由さを感じながら日常を送っていました。
しかし何分にもO脚での期間は長く、10年の歳月が過ぎると益々進み、後ろ姿の醜さは人から指摘される程になり、その上だんだん左あしの方が余計に悪くなってしまっていました。

 〇義父は102歳
我が家は夫と夫の父と私の3人家族です。
義父は今年で102歳になります。100歳で体調を崩し病院に入院しました。入院期間中見舞いに行く私達に毎日「帰りたい、帰りたい」を連発し、私も夫も途方にくれていました。が、「しっかり食べて体力がつけば帰れる、先生の許可が出れば帰ろうね」と希望を与え続け毎日面会に通ったのです。
やがて入院から2ヶ月がたとうとする頃、主治医の先生から退院許可がおり、要介護3の認定も頂き、デイサービスでお世話になりながらの居宅生活がはじまったのです。
とはいえ生活の大半がベッドの上でしたが、食事は自分で食べられる、トイレも自分で行ける、そして大きな窓からは遠くを行き交う子供達の通学風景や車の通る様子が見られ、反対側の窓からは手入れをしてきた庭木の緑や梅や山吹などが可憐な花を咲かせてくれる。
義父にとって満ち足りた環境だったに違いありません。
ところで75歳の私は益々毎日が忙しくカーブスを退会せざるを得なくなり3ヶ月が過ぎた頃、今までなんとか痛みを抑えられていた両膝に急激に歩けないほどの痛みが襲ってきたのです。私はこれまでカーブスで鍛えた筋力が落ちてしまったのだと反省せずにはいられませんでした。
そんな思いを抱いた時タイミング良く1本の電話が!カーブスのスタッフさんからでした。「道子さんお元気にしていますか?膝の痛みはどうですか?またカーブスへこられませんか?」との内容に私は考える間もなく再び入会させていただきました。
しかし私の両膝は我慢の限界をすぎていたためようやく手術を決心し、左右1ヶ月の間を空け人工関節全置換術の手術をうけました。その間義父はショートステイでお世話になりました。

 〇農産物直売所「百姓一」と食育活動
ところで私のこれまでの生活基盤は農産物直売所「百姓一」の存在にあります。
百姓一は平成7年7月に地域の農業関係の6つのグループ(中核農家、農業士会、農業後継者クラブ、JA青壮年部、JA女性部、生活改善グループ)が一同に会し、農家の自主活動の場として徳島県では初の農産物直売所が72名会員で発足したのです。従って直売所の経営や運営についてはすべての会員が経営者としての自覚を持ち、直売活動を通じてお互いを思いやりながら自己研鑽に繋げる、全国でも類をみない直売所が誕生したのです。
また当時はまだ珍しい直売所と言うこともあり全国から視察が訪れ、対応が忙しい中でも野菜が1束からでも売れること、自分で値段が付けられること、会員同士の交流が出来ること等から会員の直売所への意欲は年々増し、当初目標としていた売り上げ高2億円はわずか6年で達成したのです。
また会員同士の雑談で花を咲かせる話題は健康についてです。カーブスでの筋トレも再々話題に登場し、何名かは入会しました。
イベントも多岐にわたり、新米の試食会、ぜんざいサービス、ジャガイモ収穫体験、葉ボタンプレゼント等々、全会員による共同作業でお客様へのサービスイベントを行いました

 〇百姓一設立30年
そんなこんなで月日は過ぎ、この度徳島新聞に「地域の産業を支え続けて30年」との百姓一の記事が紹介されたことにより、会員は益々自信と意欲がわいたのです。
そしてコロナ禍で中止せざるを得なくなったイベントに代わり、3年前から始めた食育事業で、子供達や給食センターの職員さん達による農業体験を計画し、枝豆やキャベツ、大根、ブロッコリー等栽培から収穫までのお手伝いをするという目標もできました。

 〇第3の人生
これまで8年間のカーブスでの筋トレは自分では気づかなかった成果が体のすべてに現れていることを実感しています。
それは手術の際の検査に於いて、血液、尿、心電図、血圧、等において全く異常なく入院に際し持参する常備薬もありませんでした。
手術を終え蘇った両膝はこれからもたゆみなくカーブスで鍛え、その筋肉で膝をしっかりカバーし、体力のついた体で野菜づくりに励み直売を楽しむこと。そしてこれからさらに食育活動によって、食の大切さや農業の楽しさ等を人々に伝えるべく活動に励みたいと考えています。