のっけから凄味のある題名と思われるが、昨年はいろいろと考えさせられる事件や災害が起こり、このテーマで話を進捗してゆきたい。
今を生ききり余命宣告された38才の男性。挑戦と成長、諦めない不屈の精神力、女の子供の誕生、一才9ヶ月になる。沖縄旅行を両親と妻と子供と一緒に出かける。「生きている」という実感に溢れている。「最後の時間はいつかくる」と思うけど、まだ諦めたくないという思いが伝わってくる。
イギリスに住む作家の本で『忘れないよリトルジョッシュ』の題がついた小学校(3、4年生)の読書感想文の課題図書なのだが、何だか手に取ると最後まで読んでみたくなった。イギリスの農場に住む少女、ベッキーの物語で、初めて自分で羊のお産をさせ、子羊をリトル、ジョッシュと名付けて世話をする。楽しく暮らすベッキー達だったが、農場に家畜達を襲う口蹄病が発生し、パパが病気になり大変な時期を過ごす。けれども懸命に立ち直ってゆく姿が共感を呼ぶ。生き物の命を人間は頂いて命を引き継いでいる事の重さを感じられる。畜産業に関わる人達は一年中休みなしの世話をして、私達に美味しさを提供してくれる。
 春頃より始まった米騒動、農家の人達が丹精込めて栽培してくれたお米、何処に行ったのでしょうか。スーパーでのいろんな品目の値上げ、毎日の食卓に欠かせない食品の数々、少しずつの値上げがトータルすると大きい。台所を預かる主婦にとっては大変だが、節約に努め冷蔵庫の中味をチェックして買い物に行かねばならない。
夏休み、中学生の孫が吹奏楽部の演奏会に出演する事になり、娘一家と一緒に出かけた。一時間半程であったが部員四十人の練習の成果を観賞出来た。秋にはプロの弦楽合奏団との共演で中学生にとっては良い刺激になった事だろう。自分の子育ての頃は必死だったけれど、孫育ては楽しみだけを頂戴しよう。久しぶりに生演奏を聞けたのは気分転換に最適。
 今年は戦後八十年となり平和への願いの記事が多い。放射線の恐ろしさと向き合いながらも懸命に今を生きる人達、被爆者達が高齢となってもボランティア活動をされている人達が多勢いる。
一〇二歳で亡くなられた茶道、裏千家十五代の家元、千玄室さん。一碗の茶に平和への願いを込め、「一碗からピースフルネスを」の理念を提唱され、世界中70ヶ国以上の人々に平和の意義を伝えられた。特攻隊に志願するが出撃することなく生還された。和の心を日本だけでなく国際交流や戦跡訪問と高齢にもかかわらず茶道を通しての偉大な功績を残された。
私の茶道との出会いは二十代の頃から。鵬雲斉として活躍されていた頃、京都での講演会に参加し講話を聞く事が出来たのが思い出される。日常生活の中にも茶道の精神的な力強さ「お先に」「どうぞ」と基本的所作だが私の心の中にも息づいている感がある。
老いても尚、活躍された女流作家、九十歳を過ぎてからの人生塾、生き方のエッセイを執筆された本からの抜粋だが、何事もていねいに楽しみながら少しずつ前を向いてそして何事も続けることこそ成就の条件。知的貯金も忘れずに。悲しい時にもユーモアを心に散らす。人が生きていくということは、それぞれの人生塾に入塾すること。苦難に満ちた体験によって練られ磨かれ教えられ生きがいのある充実の人生を送れると。
苦い経験こそ人生のばねとなり得る。老いれば老いるほど漫然と過ごしていては、時は無情に過ぎ去っていく。一日一日を目的を持って過ごすことが大切。
 詩吟のお稽古に励んでいるが、先生はいろんな興味ある事を毎回教えて下さる。先生曰く、教えることは学ぶこと、学ぶことも教えることに通じ、真心をこめて学び続けてこそ、生涯の学びは成就する。まだまだ未熟な生徒であるが心の糧を増やしたい。
こわせない壁はない。『がんばらない』を書いた医師であり作家でもある方の本を読む。医師の視点からの終末期医療の考え方、生き方が心に響く。一九四八年生まれの筆者は長野県の病院に勤務して地域医療に奔走し、ボランティアで世界の難民や放射能汚染後の地域の人達との交流。その忙しさの中で「すき間」の時間を持つ事の大切さを教えてくれた。弱音を吐く事は悪いイメージにとらわれがちだが、つっぱってばかりは疲れる。ほっと一息の間こそが肝要なのだ。壁はいつでも過ぎゆく人生において立ちはだかってくる。壁を見上げる事なく足許をしっかりと踏ん張っていれば何とかなる。
 十月のある日、カーブスに行く途中、信号機のある交差点に差し掛かった時、青信号を確認して進入した折、左側からの車体が視界に入った。こちらが青信号だから明らかに相手は赤信号だ。慌ててハンドルを右に切り危うく難を逃れた。対向車が走っていれば、正面衝突が避けられなかったと思うと戦慄だ。今年は免許更新で高齢者講習を受け交通事故の悲惨さを改めて認識させられた。高齢者の事故が多発している昨今、更に慎重な運転に心掛けねばと思った。
 大寒が過ぎ朝の庭には雪景色が広がり、孫達の学校が休校となった。わーいと喜び勇んで雪遊びに興じて、午後からは、久し振りにじぃじとダンボールでの工作に夢中になった。中学生の兄は吹奏楽部に入っているからだろうか、音が出せる楽器だとゴムバンドを使って原始的な産物に没頭していた。弟はマジックで顔が出せる手品なんだと、他愛ない代物だが、そんな孫達の成長にびっくりしながらも楽しい。
 昨年の猛暑の折、地区の奉仕作業での草刈りに参加して熱中症で救急車に乗せられて、意識が戻ったのは病院のベッド。その方とひょんな事で話をする様になり、五十代の頃に御主人に先立たれ、いろんな苦労があった事だろうがいつも明るさをカーブスで振り舞いてくれる。お正月には総勢14人、ひ孫さん2人を含めての賑わいだったそうだ。おばあさんを大切に想ってくれる家族の姿だなあと思った。「女の一生、山あり谷あり」の連続だが最後にみんなに慕われながら日々を過ごせる事が理想だが少しでも近づける様に努力をしよう。
カーブスで久しぶりに同年代の人に出会った。その方は午前の部に来てるとの事。いつ迄も自分の足で歩いて認知症予防にもなるから頑張って続けてゆこうね。元気で過ごそうと別れた。いろんな人との出会いの場、時間を大事にパワーを頂きながら明日への活力としたい。
2月の計測日。体重48kgキープ。体脂肪ダウン、体年令65才。この数値が毎日の刺激となり自分自身を動かしている原動力なのかもしれない。
いつものカーブスが終わり、ショッピングセンターの休憩所で休んでいる場所で、50代と言われた会員さんと話が出来た。仕事の合間を上手に活用されて継続しているとの事。私が80代だと言うと、そんなに見えない(お世辞でも嬉しい)。いつも溌剌としているとおどろいた様子。
2月の誕生日82才となった。この頃年老いた母の淋しさが身に沁みる様になった。戦後の物資の不足している頃の子育て大変だっただろう。現在の飽食時代、何でも手に入る。でも私達の世代には「もったいない」精神が宿っている。この気持ちをいつ迄も持ち続けてゆきたい。
早咲きの桜が満開で好天にも恵まれ、市民祭で詩吟の発表会があり、今年は「心のふるさとは母」を中心とした題目だった。先陣をまかされ緊張したが何とか役目を果す事が出来た。姿勢良くお腹に力を込めて声を出す。カーブスを続けているからこそ趣味を生かす事が出来ている。まだまだ楽しい事を見つけ、カーブスの仲間の笑顔が増える様に自分の力を発揮したいと願う。