始めは続くかなと思いつつスーパーの入口でコーチと知らず誘われ、恐る恐る体験しました。意外と楽しくこれは通えるかなと思い丁度その時膝が痛かったので、治るかなと思い入会しました。
膝が痛かった、ふと立ち上がる時、階段の上り下りが痛いし、ついエレベーターを探す自分がいる。皆がさっさと歩いてる姿を見ると羨ましい気持ちになる、、、あっこれではいけないとカーブスを続けるときっとよくなると自分にカツを入れながら続けていたのに、良くなっていたのですが、去年あたりから又痛みだし、約1年間は病気とのたたかいでした。
膝の痛みで普段でも寝れないのに、寝返りが打てない。辛い日々が続いたのですが、カーブスが終わってからの楽しみもあります。外の椅子に座りお喋りタイムも楽しいひとときです。
それに圧迫骨折で半年間カーブスを休まざるをえなかった。休んだ後復活した時には機械のマシンが重くて筋力が減ったと自分でも感じました。首にできた、初めて聞く病名(蜂窩織炎)で入院し朝から晩まで点滴治療が続きました。入院中は夫や子供に心配かけた。今度は私がお返しをしなければ、、、と。そしてどちらが先にお一人様になっても人に迷惑をかけずに生きたい、その為にもカーブス続けたい、やめずに良かったと思う。
そんな悲しい事ばかりではない、スケートで21年も同じコーチだった香織ちゃん。余程深い絆で結ばれていたのだなと、勇気づけられました、銀ではあるが北京五輪よりも上回る成績だったとか、私達には計り知れない努力と苦労があったに違いない。
りくりゅうペアの活躍にも目を見張るものがありました。感動の涙を流しました。苦労を重ねて流されて涙はどのスポーツでも美しいですね。
羽生さんも東日本大震災から15年、仙台出身であり八重の桜など鎮魂の思い出を込められ滑られた美しい滑りで魅了しました。15年経った今も悲しい記憶が無くなる事は無いと思う。威力や被害の大きさにあくる日に見たニュースであれが津波かと、、津波が襲う瞬間初めて目にしました、驚きで言葉がでませんでした。JR大野駅あたりか、15年経つのに、帰還出来るようになったのに原爆事故の影響が大きく建物はまだ更地になっているようです。
アメリカのイラン交戦で核の問題で戦争してるのに中東の砂漠地帯水不足の攻撃にならないのか?新しい最高指導者になったが、、、それも心配だ。
早く世界が平和になって欲しい。
佳作
「カーブスに入会して7年。。。」
カーブスって
どんな運動?