母のせい。そう思ったのは10年前の私です。
 一人暮らしをしていた母は、庭の木の枝が伸びて道に出ているのを気にしていました。倹約家で世間体を気にする母は、自分で枝を切り落とすことを考えていました。どう考えても80歳になろうとしている母には無理がありました。だから、私がやることにしました。
慣れない高枝切りバサミを渡されて、力を入れて枝を切りました。「あそこの枝も」という母のリクエストに応えて、親孝行のつもりで力を入れました。
 しかし数日経ってから腰あたりに激痛が走り、寝返りもできない状態になりました。痛み止めを飲みながら仕事に行って無理したからか、痛みはひどくなり、それまで行ったことがない整骨院や整体のお世話になったのです。
元気でピンピンしていた私が、こんな状態になったのは母のせい。木の枝が庭から出ていても気にしなくていいし、植木屋さんに頼まずに自力で枝を切るなんて!そう思いながら、体が自由に動かなくなることを経験した私は、体に痛みがないのは当たり前のことではないと気づいたのです。
 これがきっかけとなり、運動が大の苦手で筋トレに関心がなかった私はカーブスの扉を開くことになりました。
何歳になっても元気で、会いたい人に会いに行き、やりたいことをやりたい。痛みがあれば気持ちは沈むので痛みのない暮らしがしたい。そう考えたら予防策の優先順位が急上昇したのです。
そうは言っても運動嫌いな私にカーブスを継続することができるのだろうかという不安がありました。過去に一度、ママ友の誘いでジムの体験に行ったとき、インストラクターの女性に「普通にできませんか?」と冷たく言われたのがトラウマになっていました。
だから不安もありましたが、カーブスの体験をして、そんな不安も吹き飛びました。コーチは優しく親切にマシンの使い方を教えてくれて、良いところを褒めてくれたからです。そこには安心感があり、一度の体験で入会を決めることができました。
 そしてカーブスに通う生活が始まり、あっという間に9年です。カーブスのTシャツを着てドヤ顔でマシンを動かしています。
振り返ってみると、いろいろなことがありました。6年前、母の病気が発覚して緊急手術となり命拾いしたものの、そのまま母は寝たきりで要介護5になってしまいました。和裁の内職をするほど器用だった母の手は拘縮して病院や施設で緊急ボタンを押すことすらできなくなりました。
家族として寄り添う日々の中で、寿命と健康寿命には差があることを実感しました。人生100年時代と言われていても、この世の中には母のように寝たきり状態の人がどれ程たくさんいることでしょう。健康で100歳までいることは大変難しいことだと介護の世界で知りました。
 「介護は最後の子育て」と言われます、私は母から大切なことをたくさん学びました。自分の足で歩き、自分の手で食べ物を口に運ぶことは当たり前ではなく、痛みがなく健康に暮らせることが奇跡のように有り難いことだと実感しました。
カーブスで筋トレをすることは、寝たきりや認知症の予防になるそうです。たんぱく質と筋トレが大切で、高齢になっても筋肉貯金があれば安心して暮らせます。
だから私はカーブスを始めて本当によかったと思っています。明るいコーチとメンバーさん達がいるからこそ、楽しく前向きに継続してこられたと感謝しています。
 そして何より、カーブスの扉を開ける勇気をくれたのは母のおかげです。あの時、母のせいで腰を痛めたからこそカーブスを始められました。母は、5年の寝たきり生活を送り、昨年秋に89歳で静かに旅立ちました。健康について、幸せについて、命について母から学んだことは数えきれません。
「母のせい」で始まった私のカーブス生活は、こうして「母のおかげ」に変わりました。
 計測でなかなか動かなかった数値が1000回を超えると、驚きの結果となりました。「これからも継続して、いつまでも元気で幸せに暮らしなさいよ」という、亡き母からのメッセージのように感じています。
「お母さん、ありがとう。お母さんのおかげで筋トレが習慣になったよ」と空を見上げて呟く今の私は、おかげさまで心身共に元気いっぱいです。