一度始めたことは決してやめない、という思いで、何事もやって来た。が、何事にも、「潮時はある」と思うようになった。人生には、終わりがあるからだ。
 
 日本語学校の教師になる前に、荻窪の不動産会社で働いていたので、教師になった時は、既に40代であった。平成15年4月1日、学校の創立と共に、「専任講師」として働き始め、今年で、20年目に突入した。
 学校を代わろうと思ったことは、一度もない。「出入国在留管理庁」、すなわち「入管」も、日本の将来に大きく関わる留学生の育成のために、日本語教師の存在を重視してくれる。厚くバックアップもしてくれるのだ。(私も、『仕事運』だけはあるなあ......)と思うのは、こんな時だ。

 福生の日本語学校で、日本語教師を始めて何年か経った頃、昭島にある「英会話学校」の生徒になった。日本語学校というところは、英会話学校の「日本語版」である。
「生徒になって、先生を観察するのもいいことですよ!」
と、我が校の中国人の事務長に言われ、入会をしたのだ。
 
 英会話学校は、ネイティブの先生ばかりかと思ったら、さにあらず、主流は留学経験などのある、若い日本人の女性教師だった。彼女たちの英語力の高さには感心した。が、私のような「オバサン」は、何故か、若い女性教師には、受けが悪い。
 一方、ネイティブの外国人教師たちは、会社から、「とにかく、明るく!」なんて言われているのかもしれない。やたらと元気で明るかったが、教師としての実力はなく、
「外国から、出稼ぎに来ましたあ!」
というのが、丸見えだった。
それでも、「始めたらやめない」主義の私は、10年間は頑張った。が、安くはない学費を払うのが苦痛になり、11年目の春に「生徒」をやめた。「ここが潮時だ」と思ったのである。未練はなかった。

 ところで、「潮時」の意味を辞書で調べてみると、「潮が満ちたり引いたりする時」、「物事をするのにちょうど良い時」とある。
 私が、「ここが潮時」と思ったような、「終わりの時」、「引き際」とは限らない。「チャンスの時」の意味もある。この、チャンスの時に、私の家の郵便受けに、「待っています!」とばかりに、そっと紛れ込んでいたのが、「体験をしてみませんか?」という、「カーブスのチラシ」だった。
 私は、その「天の知らせ」に導かれるように、カーブスの門を叩き、「体験」をして、即座に入会した。英会話教室に区切りをつけたことが、「カーブス」への入会をスムーズにしてくれた。「引き際が大切」という言葉も、確かに一理ある言葉のようだ。カーブスの月謝は、英会話教室の月謝よりも、ずっと安い。私のような「オバサン」にも、コーチは、とても優しい。
 そして、私が一番気に入っているのは、「時間の無駄」がないことだ。
 人生には、いつか、終わりがやって来る。年を重ねれば重ねるほど、時間は貴重なものになる。これからは、今までよりも、一層大切に使いたい。濃密であるのに、この上なく「爽やかな30分」は、他では得ることができない。

 「福生市民会館」で予定されていた卒業式が、急遽中止になったのは、2年前のことだ。日本語学校に限らず、大学や高校、ありとあらゆる学校の卒業式の中止が、テレビなどで報道されていた。「コロナウイルス」のためである。
 あれから今年で、3回目の「卒業証書授与式」を迎える。今年も、一昨年、昨年と同様、学校の教室で、卒業証書を授与することになった。わが校は、日本語学校では珍しいほどに、大きな会場で卒業式を行ってきた。
 第1回が、「立川パレスホテル」、その後、「フォレストイン昭島」に移り、「コロナ前」には、「福生市民会館」に落ち着いた。
 
 毎年、年明け早々、卒業生が歌う歌や、教職員が歌う歌などを練習したり、「送辞」、「答辞」を読む学生を選出したりと、学年末のこともあって、大変な忙しさであった。卒業式と共に、そんな忙しさもなくなって2年、今年に至っては、
「卒業式は、何処でやりましょう?」
などという言葉も、先生からも、それから学生からも、聞かれなくなった。
 「コロナ」は、世の中を、そして、学校を変えた。今後、復活させるイベント、反対に、もうやらないイベント等々、考えながら進んでいかなければならない。
 まさに、いろいろな「潮時」を考えなければならないのだ。

 「ストレッチの後、30分は、食事をしないで下さいね!」
とコーチに言われているので、帰宅してからの30分を、「洗濯・お掃除」タイムに充てている。その後、おもむろに、夕食へと進む。
「朝稽古をたっぷりした後で、朝食の『ちゃんこ鍋』をたっぷり食べるお相撲さん」状態になってはいないだろうか、という不安が、ちらりと頭の隅をよぎる。が、ここで大活躍をしてくれるのが、カーブスが推薦する「高タンパク・低カロリーレシピ」だ。まさに、「神業レシピ」である。毎月もらってくるレシピの中から、一番簡単そうなものを選んで、試してみる。
 
 私は、これからも、「カーブス」を信じていく。カーブスに、「潮時」はない。