『血管年齢測定』と書かれた新聞折込チラシが目に留まり、近くの郵便局でお話を聞いて体験をしたのが、令和6年10月、私のカーブスとのお付き合いの始まりでした。当時、介護施設の管理者としてやっとコロナ禍から解放され、間もなく70歳を迎える自分の体と少し向き合ってみようかな、と思った時期でした。
声をかけて下さったイオンモール猪名川店の女性スタッフさん(店長さんでした!)声が大きくて、元気でユーモアたっぷりで「体験に行ってみようかな・・」と私を前向きにさせてくださいました。仕事の合間に週に2〜3回行けたらいいな、とすぐに契約しました。今までいろいろなことに挑戦して続くことがなかったので「さあ、何日続くかな・・」と夫は笑っていましたが。
・自分より年配だと思われる女性がたくさん活動されていたこと。
・マシンの種類が豊富で、ほどほどのしんどさでリズムよく体全体の筋肉を上手く動かす工夫がされていること。
・自由な時間で自分のペースで活動できること。
・コーチが明るくいつも声をかけて下さること。
・下の名前で呼んでもらえること。
こうして、仕事をしながらカーブスにもかよって、管理者から解き放たれて自由な時間を作って旅行等にいくぞ!と思っていた時でした・・
令和7年3月7日、半日の仕事を終え自宅に戻ると、夫が倒れていました。
「左被殻脳出血」でした。右半身まひ、失語症、高次脳機能障害・・厳しい状況でした。が、数ヶ月後には病院で顔を見るたび「こんなところから早く出してくれ。家に帰りたい!」と情けない顔・・「何を悪いことしてこんなになったんや」。そんな日々の繰り返しで夏には自宅で受け入れ在宅介護をしようと決断し、数十年続けてきた仕事をきっぱり退くことを決めました。この20年間管理職として寝ても覚めても仕事の事を考えていて、休日や夜間にも電話がかかってくる、ろくな趣味もなく・・という生活に一区切りしようかなと思っていた矢先のできごとでした・・
「要介護3」の認定を受け、自宅の敷居を全て取り去りバリアフリー化し、高齢になる二人がこれからも穏やかに過ごせる環境を整え、毎日を過ごしています。今は通所リハビリや訪問リハビリの介護サービスをうけながら、たどたどしい言葉でなんとか自分の意志を伝えようとする夫と、WBC『侍ジャパン』の試合に熱烈応援を送っているところです。
今のところ、夫が通所リハビリに行っている間だけでのカーブスでのワークアウトですが、もう少し夫が一人で過ごせるようになったら、せめて週に3〜4回は通いたいと思っています。「出かけていけるところがあった・・」今の私の在宅介護生活の一部になっているカーブスです。「私の大切なじ・か・ん」です。
最後に。このエッセイを記すことでここ数年間の「自分史」を振り返ることが出来ました。このようなチャンスを与えて下さり、有難うございました。