19年前、初孫が誕生しました。孫の世話は私にとってはじめてのこと、娘も初めての子育てで、てんやわんやでした。孫の世話は、体力勝負だと痛感しました。
その頃、我が家から歩いて10分足らずの場所に、カーブスさんが開店しました。
のんびり過ごしてきた60歳の私には、体力、そして、今、大事だと言われる筋力ももちろんありませんでした。
近くにあって、好きな時間に通えて、一時間足らずのトレーニング、私にぴったりと思い、即実行したい性分の私は、お試しトレーニングをして、雰囲気が気に入り、早速、入会しました。

 初めて通った時に、「まりこさん、こんにちは」、と名前で呼ばれたことを思い出します。名前で呼ばれるのは、いつ以来でしょうか?子供時代に戻ったような、若返ったような、不思議な感覚でした。
孫の世話に電車で通いながらのカーブスでしたので、その当時、たくさんは、通えませんでした。
6年の間に、2人の娘それぞれに2人の子供がうまれ、ばあば業に明け暮れる毎日でした。
4人の孫達の成長を楽しみに過ごしていた私に、驚くことが長女から知らされました。
孫の卒乳したときに、しこりを見つけ、診察してもらったら、乳がんだと、それもステージ4に近いとのことでした
それからは、4歳、2歳の孫の世話、娘宅の家事、入院した娘の見舞いと、やることはいっぱいとなりました。
カーブスのコーチに事情をうちあけ、退会させてほしいとおねがいしましたら、月に数回でもよいから、頑張って続けてくださいと言われて、その言葉にしたがいました。

 二年足らずの闘病で、長女は黄泉の国に旅立ちました。
長女の長女五歳が、一言「ばあばが、せっかくママを産んでくれたのにね」といいました。その言葉は、いまも鮮明におぼえています。
小さい孫二人のママ代行と、さらに、忙しくなりましたが、自宅にもどったときは、頑張ってカーブスに通いました。
コーチ、メンバーさんといっしょにするワークアウト、会話が、私の支えとなったように思います。

 月日は流れ、4人の孫達も大きくなり、私のヘルプもそれほど必要でもなくなり、カーブスへ通う回数も増えてきた矢先、今度は自分が扇風機のコードに足をひっかけて転倒、フローリングに左足を強くぶつけてしまったのです、
近所のご夫婦の助けを借りて受診、大腿骨骨折と診断され、入院、手術となってしまいました。
手術を終え、翌日からリハビリでした。最初は椅子から立ち上がったり、座ったりするだけなのに、大変でした筋肉の衰えの余りの早さにびっくり、情けなくなりました。
その後、手すりにつかまり、2メーターほどの歩行訓練、その時、理学士さんから、「手術後二日目なのにもう歩行訓練とははやいです。何かしていたのですか?」と、きかれ、「カーブスの教室に長年通ってます」と、こたえましたら、「それが良かったのですね」といわれました。
手術、リハビリ、自宅療養をして、二ヶ月後にはカーブスに復帰できました。
お帰りなさいと迎えられて、とてもうれしかったです。

 それから二年たった現在、毎日、午後四時頃になると、そわそわ、カーブスに行く時間です。
メンバーさんのお名前を覚えることが認知症予防になるかと、お友達を増やしています、
コーチから「たくさんのメンバーさんの名前をおぼえたら、コーチになれますね(笑)」と言われたり、会釈、手振りしてワークアウトをスタートするのが、私の現在のルーティンです。
カーブスさんは、今の私になくてはならぬ存在です。
これからも、細く長く貯筋を続けていきたいと思います。
カーブスさん、ありがとう