私は大分県別府市にて1966年に生まれました。高2の春に父のガス会社からの転勤で母と妹と北九州市へ引越し、県立高校へ転校しました。
高卒から歯科衛生士の専門学校、当時は2年制20歳で卒業しました。学生時代は中学、専門学校とバレーボール6人制を5年ほどしており、当時は、練習中の飲水は禁止で、部活修了後に給食で残された未開封の牛乳を沢山飲んだので身長が平均より高く167センチになったのだと思ってます。
専門学校卒業してから個人の歯科医院で3年ほど勤務後、企業の歯科検診勤務をしてる時に主人と出会い結婚し、長女、次女を出産しました。
出産後は子供達の通う小学校でPTA役員を4年間させてもらいながら、障害、老人施設や病院への往診業務をしてました。が、長女が小6、次女が小2時に60歳で実父が脳卒中にて倒れました。
8月に家族でお祝いを下関ホテルにて行い半年も経たない内で、驚きとショックは計り知れずでしたが、母達と交互に病院や施設へ行き、少しでも回復できるように口腔ケアや言葉掛けをしてました。
倒れた直後から8時間の緊急手術、気管切開や転倒による大腿骨骨折、義歯誤嚥など、胃瘻も行い、20年間も闘病を頑張ってくれて沢山の笑顔も見せてくれて、3年前の2月に肺炎にて永眠しました。
 それはコロナがだいぶ収束しかけた頃でした。10年前に義兄が癌で、義弟も3年前に他界。それから約1年後位に義父も骨折、脳梗塞の入院中に呼吸困難になり2年半の闘病で昨年、他界しました。それから義父宅の古家を片付け、解体、滅失登記等の手続きも愛知から九州への電話や書類の準備も大変でしたが、昨年末に終わりました。
 私の仕事に関しては、主人が頑張ってくれてるのもあり、コロナ渦で往診先施設がクラスター発生や緊急事態で、往診ストップになり、歯科衛生士へのモチベーションが低下してしまい、コールセンターパートへ転職しました。
コールセンターは、長時間座りぱなしなのもあり、年1度の健康診断でコレステロールが高くなった事が分かり、歩いて10分以内にカーブスが出来たのを知り体験を行うと、筋肉量低下も感じ、即決しました。
とても分かりやすく筋肉や使用機械の説明も優しい先生方がいらっしゃり、明るく下の名前で皆さんを呼んで下さるので、気持ちも前向きになります。
そして、いつも機械との間のウォーキング時に、肩甲骨まで動かす動作を行ったり、同じ時間帯で通われてる方々と、顔見知りになり、お元気な素敵な笑顔に励まされて、早8ヶ月が過ぎようとしてます。1回が30分程の機械とストレッチ20分位を週に2〜4回で、半年経過しない内にウエストが少しクビレ家族からも「引き締まった」と誉めてもらえ、コレステロール値も正常に戻ったのが、とても嬉しく御褒美に感じ続けられてます。
女性だけ、というのも、気兼ねなく、汗かいたらカーテン内でサッサと着替えられ時短になるのも、充実感が増します。
 小学生の孫も近くで週1ですが、元気で会えるので、孫達が成人式を迎え、自立するまでは、娘達家族と程よい距離で仲良く、過ごしたいですね!
その為には、適度な運動が大切だと身にしみて感じてます。