五十歳の時、十年通っていたジムが閉鎖されてカーブスに入会して十三年過ぎた。
入会時は整形外科の医院で看護師として働いていた。木曜日と土曜日は半日勤務だから通えると思っていた。だが、半日勤務が十三時や十四時に終わることもある。歯医者や美容院の予約を入れると、月に二回しか通えないこともあったが、やめると運動の習慣がなくなるので続けていた。
会員のAさんとおしゃべりするのも楽しみだった。尻もちをついて動けなくなり、入院して二カ月通えないこともあった。五十六歳の時、実家の愛媛に住む母が転倒して介護が必要になり、仕事を辞めて夫を岡山に残し実家に住んだ。カーブスは全国にあるので実家近くの所に移籍した。
母と二人の生活は楽しいこともあったがストレスもたまる。デイサービスに送り出した後はカーブスに行った。友だちもでき、たまにランチをした。女性のストレス解消には運動とおしゃべりが欠かせない。母をショートステイに預けて月に二回は岡山に戻った。そんな生活が二年続き、要介護三から要支援一までに回復した。
岡山に帰っている間にコロナ禍となり、実家へ行けなくなった。母はまた転倒して入院し、あっという間に歩けなくなった。岡山の施設に入所して一年で亡くなった。
 介護が終わってしばらくは放心状態だった。久しぶりにカーブスに行きAさんに母のことを話すと「大変だったけど、よう頑張ったなあ」と元気づけられた。
体を動かすと心が上向きになる。ずっとやりたかった公民館のズンバ教室に入会した。ラテンの音楽を聴きながら踊るのは楽しい。
 二〇二六年が始まって十日ほどたった頃だ。カーブスで足踏みをしながら(スマホを忘れてきちゃった。家に帰ってそれから銀行に行って、郵便局で荷物を送って......)と考え事をしていた。慌てて次のマシンへ行こうとしたら、右足首をグキっと捻って転びそうになり、踏ん張ろうとした左足首も捻って転んだ。コーチが飛んできた。「大丈夫!立てますか」。両方の足首が痛くて立てない。運動していた会員さんも飛んで来てくれた。二人の肩を借りて歩き、やっと椅子に座れた。コーチは「テーピングしましょう」と両足首をしっかりと固定してくれた。どうにか立てるようになった私に他の会員さんが「車で来たの?駐車場まで一緒に行こうか?」と心配してくれた。「あなたも長いこと通っているよね。私も大病して長い間休んだこともあるけど、来ているんよ。また良くなったら来てね」と励ましてくれた。「ありがとうございます」とみんなに頭を下げてカーブスを出た。午後に整形外科を受診すると診断は両足首捻挫。伸縮性のあるサポーターで固定してくれた。医師は「なるべく動かないで安静にして下さい」と言う。「しばらく運動はできませんよね」「したくても痛くてできないよ。動いたら腫れるから。サポーターは五週間つけて下さい。運動はそれからだね」。その夜、カーブスのコーチから「足の具合はどうですか」と電話がかかる。「テーピングをしてくれたおかげで何とか運転して病院に行けました。ありがとうございます。両足首の捻挫だったので当分行けそうもありません。」ズンバも一カ月休むことにした。
仕事から帰った夫に報告した。「両足捻挫しちゃったよ。買い物と掃除はしばらくしないからよろしく」夫は「骨折じゃなくて良かったな。捻挫は三週間もしたら良くなるよ」彼は以前捻挫したことがある。私は今まで捻挫も骨折もしたことがない。痛みに苦しむ患者さんをたくさん見てきたが捻挫がこんなに大変だと初めて知った。
こたつから立ち上がるためには、膝をついてから産まれたての子牛みたいな格好をしないと痛くて立てない。歩く時は洗面所にあったキャスターつきの棚を歩行器の代わりにして歩いた。足首が腫れるので、保冷剤をサポーターの上から伸縮性包帯で固定した。整形外科の医師が「うったり捻ったりしたらまず冷やすこと」とよく患者さんに言っていたのを思い出した。冷やすと血管が収縮して腫れにくく、痛みが軽くなる。
夫は買い物と料理が好きなので休日は作ってくれて助かった。二週間もすると腫れはひいて、痛くても自力で歩けるようになった。コーチからは一週間に一度は連絡があった。夫に「行くとこがないし、することもなく退屈」と言うと「絵でも描いたら」。「もう、描いたよ」同人誌で毎年文章を載せているが、今回は「カットを描いてほしい」と頼まれて二カ月かけて十枚の絵を描いた。特に絵を習っているわけでもないので課題もない。裁縫が好きだけど、ミシンを踏むのは右足首に良くない。
 老後は「きょういく」と「きょうよう」が大事だと聞いたことがある。教育ではなく、今日行く所がある。教養ではなく、今日用事がある。行く所も用事もない毎日のなんとつまらないことか。
それでも、文章教室の新年会にはサポーターで固定して出席した。余興で漫才をするからだ。欠席したら脚本を書いてくれた相棒に申し訳ないし、何よりも楽しい場所に行きたかったのだ。ペアのピンクのストールとリボンは私が作った。出来はまあまあで、みんな拍手して笑ってくれた。
捻挫して一カ月、体がぶよぶよしてきた。買い物とストレッチだけでは筋肉はつかない。家にいると暇でついつい食べてしまう。私はカーブスに復帰した。コーチたちは「大丈夫ですか。痛みはどうですか?」と声をかけてくれた。会員さんたちも「良くなったのね。無理しないでね」と話しかけてくれた。Aさんとは捻挫する前から会っていなかった。「全然会わないから心配してたんよ」と寄ってきた。「実は捻挫して休んでいたのよ」「そうだったん。歳とったら色々あるよ。私なんか三回も骨折したけど復活しとるが」と朗らかに笑う。
何があっても復活できるカーブス。十三年間やめなくて良かった。ここでコーチや会員さんとの軽く交わすおしゃべりが楽しいし、励まされる。復活して一週間たった頃、カーブスの途中で左足首が痛くなる。転ばないように足を高く上げて足踏みしていたせいだろう。コーチがすぐやってきた。「千春さん、少し足を引きずっていますね。痛いのですか?」「足を高く上げたからかもしれません」「無理しないで下さいね。ゆっくりストレッチして帰って下さい」。ストレッチを念入りにして、足首の回りをマッサージすると、痛みがなくなった。コーチに報告すると、「運動している時は筋肉もスジも緊張しているのですよ。ほぐしてあげたから痛みがなくなったのですね」「ありがとうございます。ストレッチって大事ですね。家でもやってみます」。
コーチはたくさんの会員さん一人一人の状態をこんなに注意深く見ている。私の知らない知識も教えてくれて、とても心強い。ズンバも再開した。「もう、大丈夫なの」と仲間が集まってきてくれた。「きょういく」と「きょうよう」をこれからも意識して楽しく運動を続けていきたい。