カーブスでの月に一度の計測でも、かつてあれほど望んでいた45キロという数字を、どこか醒めた気持ちで見つめている自分がいた。
その数字は、ただの体重ではなく、"生活の変化の象徴"のように思えてくる。
 昨年10月、72歳の夫が血管炎で入院した。体重は40キロまで落ち、見た目も一気に老け込んだ。2023年の脳梗塞のとき以上の衝撃だった。退院後は要介護1となり、歩行は難しく、車椅子と歩行器が日常になった。
1か月半の入院中、夫の部屋を介護仕様にするため、大規模な断捨離を行った。テーブルの形が変わるほど積み上げていた100冊ほどの本、10個ほどの小さな家具を処分した部屋は、一瞬だけ広く見えた。しかし、介護ベッドを入れた瞬間、空間の圧迫感に胸がざわついた。
長い間、50キロ台が当たり前だった自分の体重が、今年に入ってからは45キロ以内に落ち着くようになった。お風呂に入る前、ふと鏡を見ると、瘦せこけた老婦人の姿が映り、思わず目をそらした。
"ああ、もう元の生活には戻れないのだ"
その現実が、静かに、しかし確かに押し寄せてきた。
月に1〜2回の通院は、私が車椅子を押して朝9時台の電車に乗るようになった。以前なら「重い」と感じていた車椅子も、今では"夫の回復を助ける乗り物"に思えてくる。
夫の体重が少しずつ戻っていく一方で、私はどんどん減っていき、気づけば不思議なことに、ふたりとも45キロに落ち着いていた。
介護の緊張、生活の変化。気づかないうちに、自分の体が削れていたのかもしれない。
「このままではいけない」
夫を支える腕を強くするためにも、もう一度、自分の体を整えよう。そう思って、カーブスに通う気持ちにいっそう力が入った。これまでは足の力を鍛える運動が中心だったが、最近では腕や腰回りを意識して動かすようになった。 
車椅子を押す腕の力だけでなく、心の筋肉も鍛えたい。

 夫の45キロと、私の45キロ。
ふたりの体重が、これからの人生をもう一度作り直すための、小さくて確かなスタートラインになる。