「メーン、メン、メン、メン、メン」
古希を前に私は剣道を始めました。大きな声を出し、気持ちを集中させる事はストレスの発散になり、本当にいい汗をながしてます。
カーブスに通って十七年になります。
通っていたスポーツジムの閉鎖で近くにあったカーブスに、恐る恐る行ったら笑顔で迎えてくれたオーナーが懐かしい友だったので即入会しました。
色々なマシンを使うことで、あらゆる筋肉が目覚めさせられたと感じました。嬉しかったのは、店内に七十年代のジャズが流れ、すっかり忘れていた青春の思い出と共に、自然に身体が動くのが何とも心地よい一時でした。それに短時間が助かります。コーチの方の指導も嬉しいです。ウエストや脚周りも細くなり全体に締まった感じになりました。
自営業(剣道具店)の我が家。仕事柄、毎日正座でした。長年の生活で膝に痛みがありましたがいつの間にか痛みがなくなりました。成果を実感すると筋トレの重要さを確認し、ますます通うのが楽しくなりました。
古希を迎えるにあたり、カーブスのおかげで体力に自信がついた節目の年に何か新しい事に挑戦したいと思っていた時、近くの剣道場から女性の掛け声が聞こえて来ました。それまで剣道という選択肢はなかったが、その時「なんだ、剣道があったじゃない、やってみたい」と即、入門しました。
周りの方は私の行動に驚いてました。(礼に始まり礼に終わる)作法、大きな声を出して気持ちを集中させる剣道は憧れでしたが、カーブスのお陰で大丈夫、出来るという自信が後押ししてくれたとおもいます。
娘の使っていた防具を付けた時(これでこの世にやり残したことは無い)と大感激したものでした。
二時間の稽古の後ストレッチのつもりでカーブスに行きます。今は月二回楽しく稽古してます。
七二歳の時、第一回水戸マラソン大会があり、カーブスの素敵な仲間が「走った後のビールが美味しいよ」と誘ってくれたので五キロだけど走っちゃいました。カーブスでの体力とやる気を与えてくれたお陰と感謝です
後期高齢者になりこれから先何年生きられるか分かりませんが、仕事は生涯現役が目標、大好きな剣道も若い仲間に迷惑をかけるようになったらやめますが、出来るだけ続けたいし、忍び寄る老いは一日でも先に延ばしたいと思ってました。長男夫婦が「お母さんの介護をしないで済むようにカーブス頑張って続けてくださいね」と応援してくれてました。
ところが四年前、その長男が突然、頚椎損傷で倒れました。
「即死でもおかしくなく良くて車いすでしょう。」とお医者さんに言われた時は(なんで息子なの?代われるものなら代わってあげたい)と自分を失いました。
店は毎日です。休めません。コロナ禍でマスクをする生活で一週間はマスクの下で泣きました。
お嫁さんが「カーブスは行って下さい。」といってくれたので、週二、三回は行きました。幸いマスクをしてたが、泣きべそをかいていたでしょう。ある時はうわの空だったのでしょう。次の方に「交代ですよ」と言われ慌ててマシンから離れました。
さすがに剣道は行けませんでした。
先生に泣きながら話したら「気持ちが落ち着きやりたくなったら何時でも、待ってますよ。」と言われました。
息子は(自分の足で歩いて帰りたい)と五ヶ月の辛いリハビリの結果、お医者さんたちも驚くほどの驚異的な回復で退院、翌日から店に来ています。
手、足に障害は残ってますが、積極的に接客しているので本当に嬉しいです。息子の頑張る姿に力を貰い、剣道のお稽古にも行けるようになりました。
傘寿の誕生日にはハプニング、剣道の仲間から花束を頂き嬉しかったです。その時先生は「晶子さんは剣道を続けたいからカーブスに行ってますよ。」と言ってくれました。
心身ともに元気になった私、週二、三回を目標にどうせ行くなら寄り添ってくれるコーチの励ましで(しっかりやろう)そして素敵な仲間たちと少ない時間、楽しく有意義に過ごそうと心がけています。