【どん底から築いた城と、突然の宣告】
 父の事業失敗による極貧生活。大学進学を諦め、昼はちり紙交換、夜はアルバイトという睡眠時間3時間の生活から、私は這い上がりました。
20代で起業し、エステサロンや通販、輸入業、不動産など多角的な経営に携わりました。多くのお客様に支えられ、仕事一筋に充実した日々を送り、確かなキャリアを築いてきた自負がありました。
しかし、2008年。仕事に邁進していた私を待っていたのは、残酷な「膵臓癌」の宣告でした。

【病との共生、そしてコロナ禍の試練】
 膵臓全摘手術をしない選択をし、事業を縮小し心のケアを求め旅行や趣味の幅を広げYouTubeやInstagramをはじめ病を抱えながらも自分らしく生きる道を模索してきました。
しかし、コロナ禍で状況は一変します。事業の運営悪化、人間関係のストレスによる25kgの激太り。
ついに足底筋膜症で歩くことさえ困難になり、YouTubeの海外ロケも断念。自分の足で歩けない、好きなものも食べられない。「もう一度、自分の人生を取り戻したい」――その一心でダイエットを始め自力で10キロまで落としましたがその後はびくともしませんでした。
 そんな時カーブスの二週間無料体験をインスタグラムで見つけました。
自力で10キロは痩せれたものの見た目にはあまり変わらず当時の体重は69.5kg、体年齢は71歳。あまりの老化状態に驚きました。
その後コーチの温かい指導のもと、タンパク質を意識した食事と30分間の筋トレを開始しました。すると、あんなに痛かった足が少しずつ軽くなり、自分の足で一歩を踏み出す喜びが蘇ってきたのです。毎日朝一番に通い始めました

【暗闇の中の再検査と、筋肉の支え】
 タンパク質重視の食事管理とカーブスでの筋トレ。少しずつ体が軽くなるのを感じていた矢先、定期検診で再び「影」が見つかりました。「膵臓頭部の結節」「充実成分の増大の疑い(癌の芽)」が指摘されたのです。さらに血液検査の腫瘍マーカー(CA19-9)も「51」と基準値を超え再び癌の恐怖が私を襲いました。
不安で押しつぶされそうな時、私を支えたのはカーブスのコーチの「しっかり食べて、しっかり動こう」という言葉でした。タンパク質を意識した食事と毎日の筋トレ。半信半疑で重い足取りで通い始めたカーブスは、いつしか私の心の拠り所になっていました。

【光り輝く結果:脂肪肝の改善とPET異常なし】
 そして迎えた精密検査。超音波内視鏡(EUS)では「積極的に膵癌を示唆するものは指摘できない」との言葉。さらにPET検査の結果は、「明らかに異常集積なし」。癌の活動は見られず、主治医が驚いたのは、1年前のCTで指摘されていた脂肪肝が「改善しています」とはっきり記されていたことでした。CT画像を見ても脂肪の層が明らかに減っていました
一時的な数値の上昇や画像の変化は、体が内側から猛スピードで作り直されていた「再生の証」だったのかもしれません。
トータル30kg、カーブスに通い始めてから22kgの減量。筋肉を鍛え、代謝を上げた結果が、医学的にも「健康な内臓」を取り戻したことを証明してくれたのです。
もしカーブスで筋肉を鍛えていなければ、私は不安に押しつぶされていたでしょう。30分間、マシンと向き合う時間は、自分の体を慈しみ、強くする時間でした。

【今、生かされていることに感謝して】
 「筋トレは毎日の積み重ね。一生続けなさい」
PET検査をクリアし、晴れやかな心で聞いた医師の言葉は、私のこれからの人生の指針となりました。自分の足でどこへでも行ける、好きなものを美味しく食べられる。そんな当たり前の幸せが、筋肉という「自らの努力」によって守られている。
病気を抱えていても、自分次第で自分らしく生きられる。それを証明できた今、私は最愛の子供たち、そしてYouTubeやインスタで繋がる皆さんに、自信を持って伝えたい。健康な体は食べたもので作られ、運動によって維持されるのだと。
「今」生かされていることに心から感謝し、私は今日も、光り輝く未来へ向かって一歩を踏み出します。