私のこれまでの人生は、常に誰かのための時間でした。若い頃は、5分おきに用事をいいつける祖母の世話に追われる「ヤングケアラー」として過ごしました。学校で「もっと健康管理しなさい」と叱られても、家庭の事情を弁解する余裕すらなく、ただ耐えるしかありませんでした。
その後も自分自身の大病、そして父の介護と、「ミドルケアラー」としての生活が続きました。普通の人が経験する「会社勤めでスキルを磨き、お金を稼ぐ」という当たり前のことが、私には許されなかったのです。貯金を切り崩しながら過ごす毎日は、まるで出口のない地獄のような心細さでした。
父を見送った後、非正規雇用で働き始めた先でもパワハラやセクハラに遭い、心身ともに削られる日々が続きました。そんな時、心の支えになったのは父のケアマネージャーさんの「これからは、自分のために生きてね」という言葉。そして社協の方から教わった「カーブス」の存在でした。
コロナ過真っ只中の2020年10月。運動したくてたまらなかった私は、勇気を出してその門を叩きました。一駅先にある商店街の中にある教室は、明るい音楽に満ちていました。
12台のマシンを30秒ごとに移動していくリズミカルなトレーニング。そこには白髪の女性たちも多く、普段着に近い格好で気取らずに通える安心感がありました。
最初は気分転換のつもりでしたが、次第に筋肉がついて、体が軽くなっていくのが分かりました。内向的で言い返せない性格だった私が、コーチの優しい指導やメンバーさんとの笑顔の挨拶を通じて、少しずつ「ほっこりした幸せ」を感じられるようになったのです。
それは、長い暗闇の中でようやく見つけた一条の光でした。
もちろん、平坦な道ばかりではありませんでした。昨年、過労と寒さから脳梗塞を発症しました。手が震えて物を落とし、舌がまわらなくなって言葉がうまく言えなくなって、すぐにかかりつけの病院を受診できたのは、普段から自分の体と向き合っていたからかもしれません。
幸い入院には至らず、今も頸椎症と付き合いながらトレーニングを続けています。痛みが強い日は、足踏みに切り替えるなど、コーチが親身に寄り添ってくれるからこそ、無理なく継続できています。ついつい頑張りすぎて心拍数が上がってしまう私をコーチがいつも優しく見守ってくれることが、何よりの励みです。
そして先月、念願だった「継続5周年」を迎え、ゴールドカードをいただきました。皆の前で下の名前を呼ばれた時は、少し恥ずかしかったけれど、一度も「やめたい」と思わずここまで来られた自分を、心から褒めてあげたい気持ちです。
かつては自分の時間をすべて家族に捧げていた私が、今は自分の健康のために、自分の足で通い続けている。この5年間の記録は、私が私の人生を取り戻した証でもあります。
これからもコーチや仲間たちと共に、笑顔で老化に打ち勝っていきたいと思っています。
次は10周年を目指すのが今の目標です。
入賞
「カーブスは、私にとって一条の光」
カーブスって
どんな運動?