朝、ベットから立ち上がろうとした時だった。腰にビビィっと電流が走り抜けるような痛みを覚え、少しずつ体勢を整えながらじわじわと違和感をかわしてやっとの思いで起床。
しかし、一度自分の2本の足で体を支えて立ち上がった後は、いつもと同じように歩けるし、日常生活も普段通りに出来た。さっきのあの激痛はうそのようだが、これまでも腰の違和感が全くなかったと言う訳でもない。
例えば、日中フルタイムで働いているので、休日は家事に追われ、ひと休みする間もなく動き回っているのだが、夕方になると、台所に立っているだけで腰に鈍い重みを感じる。
おそらくそれをかばってのことか?右の利き足は、脇腹、お尻、もものあたりまで張り凝り固まってしまうこともしばしばあった。
それでも、あったかいお風呂にゆったりと漬かり、湯上りに痛気持ちいいストレッチをすることでしのげた。よっぽどつらい時だけシップを貼って痛みをやわらげ、日々を乗り越えてきたのだ。
 そう、私は腰に爆弾を抱える身だ。それがカーブスを始めたきっかけでもあるのだが、ずれた腰椎を元の位置に戻して、6本のボルトで固定しているのだ。
このままずーっと、腰をかばって、コルセットに頼る訳にはいかないと、50も半ばを過ぎた時、カーブスでの筋トレをスタートさせた。
最初の内は、あちこち痛いと、筋肉痛なのか?神経に影響する痛みなのか?分からず悩んだりもした。こんなに曲げたり、ねじったりしてもいいのか?不安もあった。
しかし、筋レをすることで着実に体力アップし、気持ちも前向きになって、いつしか痛みに耐えることもなくなり、腰をかばうことも忘れていた。
その後、おうちカーブスに切り替えて、毎日楽しく筋トレを続け、気づけば、疲れにくくなったり、風邪も引かなくなったりと小さな変化をたくさん経験できた。
カーブスの運動は、チャレンジハードも、痛みのない範囲での筋トレも縛られることなく、自分のペースで、細くとにかく永く続けることにある。そういった努力も、全国の仲間とのつながりも励みとなって歩みを止めることなく、充実した日々だった。
なのに、固定した腰椎と生身の腰椎の境目にも新たな腰椎すべり症を発症してしまったのである。
浅はかに手術をしてしまった後悔もあり、とても受け入れがたく、複数の整形外科にどうしたらよいか相談した中には、緊急性はないが、自分の体に合った緩やかな腰のカーブを付けなおす再手術の提案もあったのだ。
手術は最終手段と決め、スポーツクリニックでもカーブスの運動を推奨してくれたので、自前の筋肉コルセットで支えて見せると運動だけではなく、今度は、たんぱく質をとる食事にも意識するようになった。
 今年、ついにカーブスの運動10年目を迎える。あの朝起きぬけの激痛は、そんな日々を送っていた矢先の出来事だったのだ。
スポーツクリニックのレントゲン検査で、無残な事実を突きつけられた。3年前のレントゲンとの大きな違いは、再発したすべり症部位の椎間板が欠落し、骨と骨が接触していた画像。衝撃を吸収するクッションの役目と背骨を柔軟に動かす支点の役目を担う椎間板がすり減ってしまったのである。
特に女性は骨がもろくなりやすい。骨粗しょう症が頭をよぎった。このまま運動を続けたら、骨と骨がこすれて体の中で骨が砕けたりしないか?もう運動ができなくなってしまったのでは?と落ち込んだ。
だが、リハビリ指導の中で、幸い股関節も上半身も十分柔らかいので、こちらの筋肉を鍛えて、弱い腰の負担をカバーできるようにすることも可能だと言う。これまで筋トレを続けてきたおかげで、大事な筋肉を維持し、柔軟性にも働きかけていたのだと思った。
 運動を続けることで少しずつ体が変わり、体力がついたのを実感したり、運動後すがすがしい気持ちになったり、これらは紛れもない事実だ。
しかし、手術で直した腰椎すべり症も他の部位に再発し、さらに椎間板をすり減らしてしまったことも認めなくてはならない事実である。しかし、ただ事でない起き抜けに感じた腰の激痛後も前向きに運動を続けているのは、カーブスを通して、身をもって分かった真実がたくさんあるからだ。
 カーブスに出会って自分の体と向き合い、痛む時でも体力アップや維持を実感できた時があった。だから、長い目で見て筋トレで自分の弱い腰を保護できると確信している。どんなに健康な人でも、年齢とともに衰えてしまうけど、筋肉は、鍛えられる。
健康で当たり前だと思っていた日常生活、健康のありがたみは、失って初めて気づかされるものだ。
だからこそ、これからもカーブスと二人三脚で上手に年を重ねていきたいと思っている。