2026年3月の計測時、カーブスマガジンNO.75を頂きました。日本カーブス20周年との事おめでとうございます。
ふと私は今年カーブス15周年になるな、何か記念に投稿してみようか、などと思いたちましたが、文章を書くという経験はなく有り得ないと一度はあきらめました。が、骨の病気のデパートのような私の話は、興味深く又ある意味何かの参考にしてもらえるかもしれないと考え、思い切ってペンを執りました。
私がカーブスに入会するきっかけは2011年、62才の頃の恐怖の体調不良からでした。歩くと腰がまるでコンニャクのようにグニャグニャと安定せず力がはいらなくなり、軽い荷物でさえ背中側に下げなければ歩きづらく、又休憩をとりながらでなければ身体が重く次の一歩が出ない、ともう危機的状況でした。「うわ~大変この先どうしよう!」とさすがに楽観的な私も奈落の底に落ちました。
一体どうしてこんな事になってしまったのか、思い起こせば30~40才代は男の子4人の子育てに獅子奮迅。子ども会、母の会、幼稚園や学校の役員と多忙を極め、何度かギックリ腰を経験しましたが、忙しさにとり紛れいつもやり過ごしてきました。その後諸事情により約15年近く高齢者介護施設で週2~3回の介護の仕事に就きました。その頃すでに腰痛は慢性的な持病となっていました。
私55才、この間2人仲良く穏やかな日々を過ごしておりました義両親は、80才代後半となり少しものわすれが始まっていました。いつの日か必ず訪れるであろう介護生活を見据え、自転車ではいずれ立ち行かなくなるな・・・と一念発起、運転免許を取得しました。それからの約1ヶ月は「今日の運転で死んでしまうかも、明日こそ死んでしまうかも」と人生最大級恐怖と戦いながら懸命に一人運転をしました。心底怖かった、わすれられない思い出です。
同時進行として息抜きやら楽しみ等も必ず必要になります。大好きな着物は着付教室に通い、着物大好きな友人をつくる事、そして大好きな生け花はフラワーアレンジメント教室に通う。車があればこそ親孝行もでき、自身の楽しみも叶えられる下準備は整い、ほんとうに世界が変わりました。
その頃義両親、特に義母の認知症が進みいよいよ夫と私同居を開始致しました。夫61才私60才義父91才義母90才。覚悟はしていましたが、それから約10年続く認知症の介護は想像を絶するもので困難を極めましたが、家族皆んなの協力や御近所の皆様もお手伝いして下さったり、デイサービス、ショートステイの利用、この間カーブスにも通え、そして趣味の気分転換などで乗り切れました。義父94才義母100才と4ヶ月の生涯でした。
「功罪相半ばする」のことわざ通り、不覚にも50年近く使っていた自転車を完全封印し、車の運転に専念するあまり、オーバーですが競輪選手のようだった下半身の筋肉はみるみる落ちて行きました。運動は何もしていなく、もう遅きに失するものでした。「罪」としての負の遺産に苦しむ事となり、62才恐怖の体調不良が表われたのでした。
専門医受診、結果、選択肢①手術で腰の曲がりを止める(術後良好な期間は3~4年前後でしょうかとの事)、選択肢②筋力トレーニングで筋肉をしっかりつける事、の2択でした。病院では手術前の脊髄造影検査の日程も決めて頂けましたが、帰宅後相談、筋トレをするに決定、検査のキャンセルをしました。
 さあ一日も早くスポーツジムを探さなければと切羽詰まっていました。ところがなんと不幸中の幸いでした。2人の友人(お一人はカーブス会員さんでした)が隣町にある店舗のカーブス体験を勧めて下さったのです。体験後は即決しました。重ねて幸運な事にその年の春地元に新カーブス店舗開業との事、なんと嬉しさ天にも昇る心持ちでした。お2人には心から感謝致しました。
2011年4月入会、倉敷玉島店舗第一期生です。会員番号45番として筋トレ開始、嬉しさと不安の入り混じったスタートでした。変形性後弯症(腰曲がり)と向き合う日々が続きました。その後の15年順風満帆とは行かず、2020年のコロナ禍ではコロナウイルスが5類に移行されるまでの3年余り店舗をお休み致しました。同年4月16日付地方紙に久野譜也先生が「怖いのは感染だけじゃない健康二次被害にご注意を」おうちカーブスひとりでできるまき割り体操の筋トレを!という記事が掲載されていました。毎日まき割り体操しました。そして9月よりタブレットによるカーブスWプランのおうちカーブスを開始、週3回位のペースでコーチによるライブ配信は通算600回を記録し、いよいよ2023年6月、店舗復帰です。あの日の感激は今もわすれません。
さてカーブスマガジンNO.69号の特集記事に「カーブス私たちの三種の神器。骨、関節、筋肉」とありました。趣旨は少し違うのですが、実は私もカーブス三種の神器のルーティーンがあります。①ワークアウトをしっかり行なう②プロテインを飲む③ストレッチもしっかり行なう、この三種が完成して神器が揃うのです。今日も頑張れたな・・・と幸福ホルモンに満たされてうれしくなるのです。
もうひとつ出かける前のルーティーンはカーブスウエアです。平生はグレー、黒、紺、茶色が好きなのですが、カーブスへは必ず暖色系、レッド・ピンク・オレンジ色ウエアに着替え気分を上げ上げとし「さあ~行こっ!」と気分爽快に出かけるのです。しかし、不調な時は出来ない事は出来ないが出来る事をして行こうと柔軟に捉えています。
 不調といえば2024年2月左膝が痛み受診、左変形性膝関節症(内側半月板損傷、内側靭帯損傷、骨挫傷)というMRIの所見でした。古傷と加齢との事、サポーターを付け筋トレして下さいでした。そして昨年3月、左股関節が痛み歩けなくなりました。専門医受診、MRIの所見は左大腿骨骨挫傷、左股関節唇損傷疑い、左大腿骨骨頭壊死疑い、大腿骨軟骨下脆弱性骨折と骨の病気のデパートのようでした。一番心配だった骨頭壊死は大丈夫でした。
先生は「この程度なら手術はしません筋トレ頑張って下さい」との事でしたが、カーブスでは開脚(ヒップアブダクター・アダクター)マシンがある事をおたずねしますと、即答「はい行なって下さい」でした。う〜〜こんなに痛くて歩けないのに落胆しました。「但し背すじをピンと伸ばしてはいけません。シルバーカーを押す感じの少し前かがみで歩いて下さい。腹筋はしっかりつけ背筋はそれより少し控えめで!」とのお言葉でした。
 私がカーブスを始めたきっかけは足腰に筋肉をつけ姿勢よく背すじをピンと伸ばす事でしたのに、今回ばかりは心が折れました。骨粗鬆症からの弊害が重くのしかかります。しかしこれがもう私の個性なのです。約6ヶ月店舗をお休みしました。昼食はお弁当をとり、洗濯全般お風呂等清掃全般夫が担当。仕事と家事の両立は大変だと主婦の家事の大変さを再確認したそうです。
 2025年私達は結婚50周年を迎えました。その間おうちカーブスは休まずイスに腰かけて出来る事をする。2026年3月1200回を突破。現在は週2回位のペースでお店に通っていますが、時に痛みを思い出し心因性疼痛に襲われそうになりますが、スタッフの皆様がさりげなく気遣って下さり、安堵致しております。
カーブス15年着物もお花も継続中です。次の目標は20周年を元気に迎える事。さて免許証返納後はどうするか大きな課題が残されます。