夕方、町の人々のざわめきの中、カーブスへ。
朝の目ざめは、4時すぎ。こわばった足にふんばって立ちあがる。後期高齢者になったんだなぁって思ったりする。
日常は家事と主人の療養生活。それにともなう、さまざまなことがらに、あたふたとすごすうち、ゆびやうでの不調を感じるようになった。朝方痛みで目がさめる。さまざまな原因で関節の軟骨がすり減って、クッションの役割が不十分になり炎症がおこり、痛みやはれが現われたらしい。骨とほねがぶつかり進行して強くいいたむように、十年ほど前には足裏が痛み、熱をおび長く歩けない間欠性跛行、20分以上、歩くのを注意された。
七十才をすぎたころから、白内障、下肢静脈りゅう、ガンを手術をした。血圧も高く、耳なりも、薬、はりぐすり、テーピング、マッサージの二年、家にいることが多くなり、リビングにいる時はスピーカーから音楽が流れてくる。耳の中のふしぎな音は気にならなくなっていった。まぎらわすということもいいものです。日常生活の不自由さが回復した状態に病気がコントロールされていることを「寛解」といいます。この状態をたもちたい。病気になっても、けがをしても、治療をうけれる体力は必要だと思う。
お昼のひとやすみ、時刻表をひろげて、路線図をみるのが好き。今まで行ったところ、いってみたいところを見つけます。本は小川未明の童話集、昭和の風景を思い出します。
カーブスのまどのむこうの広い空をながめながら、桜の木のところにはとがこちらをみている。コーチの声がとどいてくる。「もう少し力を!」と。健康も、年月も、今この時間も、まってくれなくて、すぎ去って行くけれど、はるか遠くまで感じることの、この時間は大切です。今日は、くびすじが気になるな、背中はすっきりしたいなあと思いながら。
私の好きな詩に「ほんとうは、冷たい美しい水をのみたいだけなのだ」この言葉のように、水のひとくちを味わう為にカーブスにきていると思う。
今までけいこごとを通して、その時の年令を思い出す。高校生の時はYMCAでアーチェリー、短大でゴルフ部、手相、気功、ピアノ、書道と現代詩が好きだった二十年、陶芸は十七年、ストレッチ、タップで十六年、合気道は病気で六カ月で終った。今、カーブス二年目。好きなものをみつけることは自分が元気になる方法です。カーブスへ歩いて20分、帰りに20分、歩くのも楽しい。私の好期高齢者の仕合わせなひとときです。
佳作
「もう少し力を」
カーブスって
どんな運動?
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