私は、一昨年末、"こんなにしあわせでいいんだろうか"と思う程、心身共に安定した日々を謳歌し、カーブスってすごいよ!ダイダイ大好きと喜んでいたのもつかの間、突然の痛みに"私ってやっぱり一生痛みと付き合うしかないのだろうか?"とネガティブ思考にタイムスリップし、昔のアクシデント当初の暗黒な気分になってしまいました。
今回の状態は、右脚がチクチクと痛み出し、やがて、体調不良は時間の経過と共に、右脚部分から右肩甲骨へと日夜痛みが走り出しました。私は、"もう恥ずかしくてカーブスへは顔を出せないわ!!"あんなに子供時代から、猫背で空を仰ぐことも出来なかったのに、コーチのアドバイスと筋トレで、時間も空間を超え姿勢がよくなったことをミラクルが起きたと思っていたのでした。 
しかし、あのしあわせは一体なんだったのだろう?この間、コーチからも主治医からもここまでよく元気になれたね。血管年齢も若くなり、体力もついたし、今の状況でしたら、ホームへの入所は考えなくても大丈夫と太鼓判をいただいていました。私は、有頂天になりすぎ天の神様からの・・・かもしれない!周囲のメンバーさんからも元気で明るかったのに突然どうしたのと声を掛けられる度に、私の首も肩も縮まり、以前の姿に戻ってしまいました。
そんな矢先、重い身体を抱え、力抜けた感じでボードの上で足踏みをして私は、なにげなく前方に目をやると、とてもキビキビと堂々とした姿の方に目が止まりました。
私は、"えっ!あのしぐさは、あッ!"と思った瞬間、背筋がゾクゾクしました。"あの方どこかで見たことがあるわ!"瞬時に私の脳裏を過ぎったのは、今から七十年前の当時八歳のジャジャ馬娘の私でした。でも、こんな光景に遭遇するって一体なんなのだろう!!ずっと痛みに堪えていた私は、いつの間にか、あの元気な女の子に変身していました。
でも、この様な不思議な話って!幻なのかしら、やっぱりおかしなおかしな現象みたい!いつも前かがみで虚弱体質だった私に、沢山の勇気と自信を与えて下さった担任のH先生の姿が蘇ってきたのでした。私が生涯忘れられないH先生にそっくりの方に勇気を持ち尋ねました。あまりにも偶然な出来事に驚きました。
実は、H先生の次女さんでした。その後、H先生の様に温かく声を掛けていただき、沢山の思い出話をし、お友達になっていただきました。私は、思いもよらない奇跡のような出会いにより、当時八歳の女の子が甦りました。その当時担任として教えていただいたことが現在まで私の人生の礎になり、大きな価値観になっていました。次女のTさんは、長女のお姉様に私がH先生を思い続けていたことを報告して下さいました。お姉さまは私の話を快く受け止めて下さり、温かい励ましのお手紙をいただきました。ちょうど実母を亡くし、独りぼっちになりこれから痛みとどう付き合ってよいか戸惑っていた時でした。
今回私の痛みの根元がハッキリとわかりとわかりました。長い間、猫背で正しい姿勢がとれていなかったことが、表面的体型で治ったと喜んでいたのでした。昔ですので子供時代にしっかりとした矯正もされず現在に至ってしまった結果、その痕跡が少し脊髄にゆがみとしてあらわれ、痛みが発症していました。ある時、コーチからその痛みは、好転反応かもね!首もしっかり正面向け、治ったと一方ずいていた私は、衝撃を受けました。
しかし、現在治療を受け徐々に快方に向かっています。
 私は、今皆様にお伝えしたいです。
正しい姿勢の大切さを、長い間身体を酷使していれば、当然身体のどこかにゆがみが出てくることを痛い程、実感しました。
これからは、筋トレをしながら、全身に気をむけ、心身の声に耳を傾け、体を支えてくれている心と体に労いをしたいと思います。
"ごめんなさいね""ここまで頑張ってきてくれた道子さんの身体にありがとうね!!"です。
私は、H先生の次女Tさんとの出会いにより、歌の会にお誘いをいただきました。
何十年も歌うことを封印していた蓋を開くことが出来、ある日、声高らかに歌う自分の声にそして、歌詞の情景に涙がこぼれました。
一緒に参加したお友達が、"道ちゃんは、声がかすれて出ないと言っていたけど、いい声しているでしょうよ"と褒めてくれました。
忘れもしない、声を歌をと焦ったあの日、"知らず知らず歩いてきたほそく長いこの道・・・でこぼこ道も、くねった道も"、今、大声で歌える自分、本当にここまで生きて来られてよかった。カーブスそして、Tさんとの出会い!
老いを受け止めながらも、筋トレを続け、姿勢を正し、歌ったり、ピアノを少し習ったりし、一日一日を楽しく生活していきたいと思います。ありがとうございます。これからもよろしくお願い致します。