「今日は寒いね」顔見知りの方に声をかけられます。「今日も頑張って来ましたね」コーチの笑顔。そんな日常に癒されます。
この日は、私の人生を変えるほどの決断をした次の日でした。親はいつまで子供を見守れるのだろうか。親ならだれもが思うことです。
私も息子が幼い頃からずっとその事ばかり考えていました。息子は2歳の時に自閉症と診断された時から、24歳になった今でもママと言われた事一度もありません。息子は食事、排泄、入浴、生活全てに介助が必要です。介助の傍ら私は19年前に膝の手術をしました。やっと膝のリハビリが終わってしばらくした頃に、転倒して首のヘルニアになりました。息子と家族の為にも心も体も元気でいなくちゃ、との思いでカーブスに入会しました。
入会して12年目秋、風が冷たくなる頃、息子を施設に入所させることを決断しました。
決心の理由の一つとして、8カ月前ぐらいから体重減少、睡眠不足、多動行動など、息子が不安定になってしまい、医師より入院か入所の決断を迫られました。
もう一つの理由は、息子の自立。長年思い考えていた事の一つ。親はいつまでも子供を見守る事は出来ない。息子の自立を親として出来る限り見守るしかない。
とても辛い決断。そして必要な決断でした。
二日かけて泣きながら息子の荷造りをしました。泣きながら息子の衣類や日用品に名前シールを貼りました。
とうとう息子と離れる日、その日は私の心とは裏腹にとても良い天気でドライブ日和でした。車のトランクに入りきれない荷物。ゆっくりと車で栃木に向かいました。
練習で何度か訪れている施設なので、息子は練習の時と同じ様に静かに施設に入っていくことが出来ました。こらえきれない涙があふれ出てきました。東京までの帰路、東北道の景色も見る余裕もなく声をあげて泣きました。
その後息子を送り出してからは心にぽっかり穴が空いたようになりました。とても辛い日々でしたが。息子が入所した以降、できる限り毎日カーブスに行きました。毎回笑顔で迎えてくれるコーチの方々。たあいもない話をする顔見知りの人達。今思えば誰も私の事情を知らない事が、何よりもカーブスでの居心地の良さに繋がっているのだと強く感じております。
ある日、夕方のカーブスの帰りに橋の上から夕日が沈むのを見ました。自然に涙が出てきました。カーブス通う為に通る慣れた橋。何百回通ったことでしょう。
こんなに綺麗な夕日を見られる事を知りませんでした。
以前は息子の介護に追われる日々であったため、全く心に余裕がなく、夕日さえ見る余裕がなかったのです。
その後カーブスの帰りに何度も夕日を見ました。ゆっくりとですが涙が出なくなってきました。心にも筋肉がついたように思えました。
そして私の人生、新しいステージに進んだ事を実感しました。
息子を送り出してからも、2カ月に一度は会いにいきます。私の楽しみの一つです。
そして、週1回ですが立仕事の仕事を出来るようになりました。カーブスでコツコツ筋力をつけたおかげだと思います。
私の人生、第二ステージに入ってもあの橋を渡りカーブスに通い続けております。
今となっては私にとってカーブスはかけがえのない存在となっております。
"カーブス" 本当にありがとう!
そして今後ともよろしくお願いします!!