「半世紀」に渡る「東京」の生活に、区切りをつけて、故郷「沼津」の実家に戻って来たのは、一年前の三月末のことだ。
その一ヶ月前の二月末で、「東京都昭島市」にあった「カーブス」の教室は、やめていた。
平成二十九年から、約八年間続けた「カーブス」の教室は、「コーチ」とも、「メンバー」さんとも、とても親しくなったので、別れが辛かった。が、私の「人生設計」のために、涙をのんで、別れてきたのだった。
幸いなことに、私の実家から程近い所に、スーパー「M」があり、その二階に、「カーブス」があった。これは、私が沼津に戻って来て、「ラッキー」だったことの、一つである。
すぐにも「入会」したかった。が、「仕事」が決まらない限りは、うかつに入会できない。仕事の曜日や時間によっては、「カーブス」に通うことが困難になるかも知れないからだ。
沼津の街中を歩いていると、「二十四時間フィットネスクラブ」なんて言う看板も、チラホラ見受けられる。「二十四時間」という言葉には、ちょっと惹かれるものがあった。が、(『深夜』とか、『早朝』なんかには、どうせ、行けないし......!)と考えて、説明を聞いてみることは、控えていた。
仕事が決まったのは、五月の末のことだ。「学童クラブ」の指導員の仕事だ。
(これなら、『カーブス』に通える......!)
私は、早速、スーパー「M」の二階にある「カーブス」に電話を入れ、「体験入学」を経て、入会した。
沼津は、「車社会」だ。車に乗れない私は、「歩く」しかない。
家の近くのバス停にやって来るバスは、一時間に一本しかない。自転車は、東京で処分してきたし、「七十歳」となった今、今更、乗りたくはない。
(歩こう......!)
と、決意した。幸いなことに、私の実家のある「狩野川」の河口からは、「狩野川」に沿って、「四二一九・五」メートルの、「狩野川堤」が伸びている。
ここは、自転車は「OK」だけれども、自動車は駄目という「歩行者」のための「堤」である。「ジョギング」をしている人や、「犬の散歩」をしている人など、チラホラ見かける。
「カーブス」に行くにも、「職場」に行くにも、「狩野川」を見下ろしている「富士山」に向かって行くので、歩くには、「最適」の道である。
私の実家からだと、「沼津駅」に行くにも、「沼津市立図書館」に行くにも、そして、「職場」に行くにも、およそ「片道四キロ」、すなわち「往復八キロ」の道である。
が、最初の「二ヶ月」は、まだ「カーブス」に入会はしていなかったので、
「歩いているだけじゃ、駄目なんですよ!」と、かつて、「東京都昭島市」の、「カーブス」の「コーチ」が盛んに言っていた言葉が気になった。当時は、(『ウォーキング』は、駄目なの......?)などと、少しばかり「反発」してみたい気持ちがあった。が、実際に「歩いて」みて、「歩く」というのは、結構「難しい」運動に属するものだ、ということがよくわかった。
「ウォーキング」と、はっきり意識して歩けば、「効果」はあるのだろう。けれども、「ジョギング」ほど、運動という「意識」は持てないので、どうしても、なるべく「楽をして、歩こう!」などと思ってしまうのだ。
(『コーチ』の言っていた通りだ!『ウォーキング』だ、っていう意識を持って歩こう!)「富士山」に向かって歩きながら、(早く、『カーブス』に『復帰』したい......!)と、願う日々が続いた。
「お疲れ様!」
「カーブス」の筋トレが終わると、スーパー「M」で、買い物をする。
「お疲れ様」と声を掛けてくれたのは、さっきまで、「カーブス」で、筋トレに励んでいた女性だ(私と同じくらいの、『お歳』かしら......?)。彼女は、黒の「パンツ」と、花柄入りの、黒の「Tシャツ」に身を包み、なかなか「オシャレ」だ。
(いい『お友だち』に、なれそう......!)これからが、楽しみである。
私は、これからもずっと、「オシャレな人」でいたいと思う。「オシャレな人」であり続けるには、「健康」でなければならない。「美容」と「健康」に気を付けて、故郷「沼津」で、「いい高齢者」になっていきたいと思う。
(これって、『地域貢献』にも、なるんじゃないかしら......?)
私は、「勝手に」、そう思っている。
そのために、「カーブス」は、「強い味方」だ。「再び手に入れた、『カーブス』は、もう二度と手放さない!」私は、堅く、決意した。
佳作
「カーブス 再び!」
カーブスって
どんな運動?
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