毎月の計測を終え、なんとか維持にヤレヤレ...。帰宅後さっそく頂いてきた20周年マガジンを開いてみました。2014年入会の私は年表のどの辺りでこの機会を得たのか..としばし目をこらして見入りました。日本でのカーブススタートは2005年とあり、私は新城教室にて入会12年目。日本でのスタートから9年目の入会という位置付けでした。そうか..よく頑張ってきたな!と人心地つき、再び目に入った2009年「カーブスエッセイ大賞」開始の文字に、えっ、そんな頃からもうあったんだ!と言うのも、入会から12年の間に、無謀にも3度も応募したことがあるのです。その初回時の内容は?..と思い返してみると入会当所は、続けられるだろうか..の不安ばかりが付きまといましたが、いざ仲間に加わってみると、コーチを始め会員のみなさんの和気あいあいの様子に、きっとこれなら大丈夫!出来る限り続けようと決意し、いつしかセッセと通う毎日が当たり前となりました。"入会前の、ウオーキングだけで満足していたことが自分の思い込みだったことも知り、ようやく「筋肉」育てへの一歩が始まりました
それからも、2回3回と懲りずに応募するも、大賞や準賞の方達のように、誰もが心を打つような出来事があったわけでもなく、ごく普通の一会員のエッセイだったように思います。にもかかわらず、佳作や入賞など頂き感激したものです。12年目という今も、現在一人暮らしという以外大きく変わったこともなく、今年も「エッセイ大賞募集」の文字を目にしても、4度目はないな..と思っていました。とにかく今まで通り頑張ろう!と、いつものようにWO後のほど良い疲労感に満足する日々を送っていたある日、何気なくマガジンを繰っていた時、同じ年代の受賞者の方の"2度目の投稿「やめなくてよかった」"に目が止まり、なぜか、もし私が途中でやめていたら..と自分に問いかけていました。当たり前のように毎日通っている私が、途中でやめていたら、もちろん今の私でいることなど明らかに無理でしょう。シニア年齢での一年は、何もしなければどんな状態になっていくかは、日々カーブスで有意義な情報を得ていて、重々承知です。
今の高齢者人口の目に見える上昇率の高さに、公からの健康に関する情報も多く、合わせて有り難いアドバイスです。それらが腑に落ちるからこその日々なのです。入会当所の不安もすぐに杞憂と気付き、今や一日の欠かせないスケジュールに定着しているカーブスです。入会した当時の理由を思い出してみました。それは、在宅で父を介護した経験でした。心と体が健康でなければ介護は努まりません。とにかく大変なことなのです。それでも家で見送ることが出来、どれほど安堵したことでしょう。そして自身の体はいつまでも現状を保てるわけもなく、残る母も悔いなく送り、子としての努めを果たすためには..と浮かんだのがカーブスです。
その頃はウオーキングさえしていればと「筋肉」の大切さを良く理解していなかった私ですが、入会してからは折にふれ、その必要性も無理なく頭に入ってくるようになりました。しかし12年の間には、私の体にも「さあ〜て、どうしよう」という時もありました。パート仕事での無理から腰を痛め、退職後に坐骨神経痛に襲われ、ウオーキングすら出来ないこともありました。その時医師の「カーブスはいいですよ」に力をもらい、通い続けたことが正解で無事に乗り切ることができ、それ以来似た兆候が出ても慌てることなく対処できるようになりました。
それとは別に、入会時、一つの不安を抱えていました。それは幼少の頃からの片耳難聴であること。指導を受けつつ何かをするには、聴こえる耳を持っていてこそ可能で、半人前にも足りない聴力でカーブス通いは可能だろうか..とコーチに相談してみると「大丈夫ですよ」の心強い返事!これを励みに10年以上も続けてこられたことは本当に嬉しい限りです。
教室で楽しくWOする方達の中にも、何人か耳の不具合を見て取れる方もいます。そんな方達を見るにつけ「私も同じなんですよ」と、心の中で声かけし、気持ちを共有させてもらっています。中でも、同じ不具合を持つ一人の年長の方とは、少し話しを交わすだけで、帰りにはいつも元気をもらえ、カーブスに来たからこそ!と、これも喜びの一つです。
父を送り、8年後、同じように自宅介護にて送った母は、カーブスに楽しそうに通う私を見ては、自分のことのように喜んでくれました。ご近所さんにも「あの子カーブスに行ってるから健康でねぇ〜」と自慢するほどでした。96才まで頑張って長生きしてくれた母。今更ながら、高齢ではあったけれど「お母さんもカーブス行ってみる?」と、誘ってあげれば良かったなぁ〜などと思う私です。
そして、実は最近、以前にも増して聴力の低下を感じるようになり、聞こえないことの多い日々も増え、時として気分も落ち込みがちです。聞こえなくても運動はできるものの仕方のないこととはいえ、どうしても寂しさを感じます。そこで、少しでも気持ちも楽に過ごせるようにと、新たな補聴器に挑戦することにしました。機器の進化に望みを託し、新しい二代目のそれを着けてWOを試みる毎日です。すぐには効果を得られないのは、一度目の挫折で十分承知の上です。焦らず気長に、そして「聞こえるようになるよ」と、脳に暗示のエールを送りつつ、これからも変わらずカーブスに通います。時々応援にみえるコーチから「慶子さん頑張ってますね!」のことばも励みになります。
一人暮らしの日々を「カーブス通い」という、家から一歩出る毎日を送ることにより、元気に楽しいシニア人生を満喫したいと思うこの頃です。
「お母さん、私、最新の補聴器着けてるんだよ」
「じゃ、今日もカーブス行ってくるね!」