カーブスエッセイ大賞2019結果発表

作品詳細

佳作

「「死にたい毎日」から「生きたい毎日」へ」

カメちゃん様(72歳) カーブス浜松芳川(カーブス歴:4年1ヵ月)

 朝は4時に目覚ましが鳴る。春になって暖かくなったせいか、寝起きは良い方である。化粧をし、神棚と仏壇の水を替える。縁ある人々の今日一日の息災を祈ってから、朝御飯の支度をする。5時半には夫を起こし、朝食となる。夫が会社へ出かけた後、私はフル回転で夕飯作りを始める。我が家は息子との三人住まいだが、それぞれ夕食時間がちがうので、いつ要求されても良いように、朝のうちに作ってしまう習慣になったのである。
 ひと通りの家事を終えると、あとは夕方までが自分の時間となる。奉仕活動の一還として、月に数回、講演会でスピーチをすることもあるので、図書館で講演の準備をしながら、並行して読書をする。空き時間が長くある時は映画館に行く。映画は月に最高13本見た記録があるくらいの映画狂いである。短時間しかない時は、絵手紙を書いたり、短文を書いたりする。家庭菜園をしたり、庭の草取りも大事な仕事である。
 又、娘が隣の市に住んで、三人の子供を育てているので、参観会だの病院だのと、事ある毎に、「手伝いに来て、留守番お願い。」と呼び出しがかかる。するとその日の計画を変更したり、やりくりをして孫に会いに行く。だから私には暇な時間はほとんど無いに等しい。貧乏暇なしなんて言葉があるけれど、夫が若く、今も現役で働いて下さっているおかげで、貧乏と感じたこともなく、普通に暮らしている。そして「夕方にはカーブスに行って筋トレ」が日課となっている。
 さて、ひるがえって周囲を見回すと、何と暗い話題ばかりが多いことか!新聞もテレビも、暗いニュースばかりを取り上げて、くり返し騒ぎ立てている。それ故に私は、新聞、テレビは余り見ないことにしている。メディアのみならず、自分を取り巻く身近な社会でも、対人関係でも憂欝になる話題が多い。病気の話。他人の不幸話。他人の噂話と非難する話などなど。「Aさんが離婚したんだって」「Bさんが癌らしいよ」「あんなに元気だったCさんが認知証で施設入りよ」「膝が痛くってね」「あら、私は腰。それももう何年越し」エトセトラ。かと思うと、一方では家族の介護に追われ、疲弊し切っている人も多い。
 それらの方々の話を聞くにつけ、目にするにつけ、「そっかあ、よく頑張っているよね」と思いつつ、そういうものにほとんど縁のない自分が有難く、いつでも明るく前向きな思いで生きていられる日常に、心から感謝したい思いである。72才にもなった今、私の本当の青春は今かも知れない、とほくそ笑んだりしている。
 世間でいう青春時代、20才前後の頃の私は、毎日毎日死に場所を探して歩いていたような記憶がある。父母に反抗して性格が暗いという、その一事がすべてに災いして、他人とうまくいかない。就職すれば上司に反発して睨まれる。恋をしても失恋ばかり。兄や妹と比較されては叱られ、こんな家出てってやる、とばかりに、見合した相手と結婚しても3ヵ月と保たずに離婚。一人暮らしをすれば淋しさに震え、ちょっとイカれたお兄ちゃんに声を掛けられたりすると逃げ帰ったり。そのたびに、死んでしまったらどんなに楽だろうという思いを捨て切れず、薬局に睡眠薬を買いに行ったこともある。よほど思いつめた顔をしていたのか、店主に体よく断わられ、すごすごと帰る時の更なるみじめさ。暗い夜の海に行ってはみたものの、ゴウゴウという潮鳴りの音に怯えて帰ったこともある。だから本気で死のうと思ったわけではなかったのだろうと思うけれど、当時の私は暗い性格を持て余し、生きることを持て余していたように思うのである。
 それが今、どうして真逆の毎日になったのか?一番のきっかけは今の夫と出会ったことかも知れない。離婚後、8年間も一人で生きてきた私に、20才だった彼がプロポーズしてくれた時から、私の運命は明るい方へと歩み出した気がする。
彼は工業高校出のスポーツマン。性格は無口で武骨だけれど、一緒にいるだけでホーッとくつろいでしまうものがあって、かつては一人でさまよった海を、彼と二人で黙って1時間近くも眺めていたこともある。二人の子供にも恵まれ、子育てに奮闘する忙しい生活の中で、彼は実に穏やかに私と子供達に接しつづけて下さった。真面目に会社で働きつづけ、先日、めでたく定年退職となったが、あと5年は雇用延長という形で働いてくれるという。夫に関していえば、イヤだなあ、とか、不愉快だなあ、と思ったことはほとんど記憶にない。私は1秒でも長く、夫と一緒にいたいと望んでいる位で、こんなにも理想的な夫って世間にいるんだろうかと思う時がある。
穏やかな生活の中で、今は誰からも「明るいね」とほめられるようになった。私がこのように明るくなるために、最後に決定的な役割を果して下さったのがカーブスである。月水金と週3回、月13回をベースにして通い始めて丸4年。カーブスのドアを開けると、コーチの元気な出迎えの声。そしてたくさんのメンバーさんの笑顔に出会って嬉しさ満開。どのコーチもメンバーさんもみんな明るくて優しくて美しい。どの方にもひと言でいいから声をかけたい思いになる。欲張りな私は全てのメンバーさんと仲良くなりたいから、できるだけ挨拶をし、声を掛けるように心掛けている。そんな思いにさせて下さるカーブスの雰囲気ってどこからくるのだろうか。
 私の自分への合言葉は「気分はいつでも18才」と、「死ぬまで元気」の二つである。「死にたい毎日」から、「明るく生きたい毎日」へと見事に私を変えて下さったのが、夫とカーブスである。二つの合言葉で自分を励ましつづけ、夫と仲良く暮らし、死の前日までカーブスに通おうと決意している昨今である。

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