カーブスエッセイ大賞2019結果発表

作品詳細

佳作

「私のカーブス物語「小さな積み重ね、大きな喜び」」

宣子様(76歳) カーブス一宮市浅井(カーブス歴:1年)

 わが家の家族構成は、後期高齢者の私たち夫婦と息子夫婦、男の子ばかりの3人の大学生と2才になる猫1匹。総勢7人と1匹が一諸に住んでいる。そんな環境の中で友人から「少し猫背でおなかポッチャリだよ」と言われ誘われた。自分が猫背だと自覚していなかったのでびっくり。自覚がないだけにあまり気乗りせず「1ヶ月だけで辞める―」。と宣言したのにいつの間にか1年が過ぎた。入会して半年くらいで姿勢が良くなったね、体も締まってきたよと友人にホメられるまでに変化し、我然やる気が出て、今は週3回はカーブスへ出かけている。
 朝のルーティンで朝日新聞のコラム「天声人語」の書き写しは毎日。サークルの集まり、ピアノのレッスン、カラオケやコンサート、観劇など結構忙しい生活ながらも目標を週3回とすることで生活にメリハリが出てきた。何よりうれしいのは身軽に体が動くようになったこと。
 毎回歯磨きをしながら腹圧を意識的に高め鏡に写るウェストを注視。なんだかこれだけでひき締まったような気分になる。もともと病気とはあまり縁のない体質なのか76年の人生で出産以外は入院の経験もない。風邪なども熱っぽい時は、温かく消化のいいものを食べて寝れば回復するといった具合。76年も生きていれば自覚症状が無いだけで、検査をすれば悪いところの1つや2つは見つかるかも知れない。しかし、わざわざ捜し回らなくてもいいや!という気持ちでのんびり構えている。万が一の時は病気と共存し生涯を全うする道もありかなと思っている。

 そんな日常の中で一昨年、私にとっては大変な事が起きた。夏頃から原因が分らないまま足の裏がひどく硬くなり時にはひび割れ血もにじんで、あかぎれ状態に。皮膚科に出かけるのにこんな状態では恥ずかしいと妙なところでこだわり―。石鹸で洗い清潔に保つこと。痛みは市販の軟膏を塗って。命に別状はないなーとごまかし、ごまかし秋になる頃には自然治癒。すっかり忘れていたのにカーブスに入会し3ヶ月目頃に前年と同じ状態になった。今回は長引くことなくすっきりときれいな肌に戻った。ゴースト化していた毛細血管が筋トレと蛋白質を意識した食事メニューで血流が良くなったと実感した出来ごとでした。それまでは自分ではバランスよく食事をしていたつもりでも蛋白質を意識した内容ではなかった。蛋白質を数値化し実行することで具体的な成果が目に見える形で出てきたのかも知れない。ワークする時もどの筋肉に働きかけているか意識するようになった。そして、もう1つ心がけていること。体の調子が悪い時「自分の身体に聞いてみる」こと。2週間様子を見て改善しない時は病院へ行こうと思っているうちに自然に治っている。毎朝の排便をしっかり意識する。健康な時の状態を確認する。
根来先生の「4-4-8」の呼吸法は入浴時やリラックスしたい時に意識して取り入れる。その成果は見た目はあまり変わらないもののどこかで大切な働きをしているに違いないと思いながら続けている。
 お稽古ごとやサークルの集まりなど同年輩の集まりではともすると病気自慢やどこそこの病院の話題に花咲くが、病気や病院にあまり縁のない私は話題に入れない。しかし、カーブスではコーチのみなさんはじめ仲間の人達とお互いに明るい話題が多く励ましあい魅力があります。ステキな人を見るといつか自分も・・・・・・と目標にして。

 私の母は102才の天寿を全うしました。怪我以外は内臓に異常はなく生涯健康でしたので私もそのDNAの半分を受けついでいる可能性があります。母のような長生きは望んでいませんがまわりの人から「あなたは100歳までは生きる」と言われている身には、カーブスに通い続けることが天寿を全うする道かも知れないと、最近感じるようになりました。
 ちなみに母は、夫を亡くしてから20年余り田舎でひとり暮らしでした。ご近所の人にお世話になったり、最後はショートステイを利用したり。畑を耕やし、晴耕雨読の自由な時間を選んだ明治生れの気丈な女性でした。住む人のいなくなった実家と畑。母が大切にしていたその畑に、今年も車で1時間ほどかけて、馬鈴薯の種を植えて来ました。元気の素となるカーブス生活のおかげかも知れません。
 そして、私が入会して1年後、隣りの市に住む妹も浅井教室へ通い始めました。

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