カーブスエッセイ大賞2019結果発表

作品詳細

佳作

「私がカーブスに通う理由」

水戸 梅子様 カーブス西上尾(カーブス歴:4年1ヵ月)

 私がカーブスに入会したのは5年前、理由は息苦しさから逃れたい、という今思えば不純なものでした。
 それまでの私は子育てが終わると、実家の両親の介護も10年以上が過ぎ、愛犬もおり、それなりに忙しくしていました。しかし、相次いで両親、愛犬を見送りました。相前後して夫が定年を迎えました。夫は両足の変形性股関節症で以前から医師に手術を勧められていたのですが、拒否し家から出掛けられず、そんな状態の夫と毎日顔を付き合せている事に息苦しさを感じていました。そこでカーブスに入会したのですが、往復しても45分、家事をしても余った時間の長い事、ボーッと夫と二人でテレビを観ている事の虚しさ、このまま年を取って行くのかと思うと心が折れそうでした。私は不器用で裁縫や手芸は出来ません。楽器も奏でられませんし、習いたいとも思いません。草花や野菜を育てる事にも興味がありません。好きな事は歴史の専門書と古典文学を読む事でした。しかし、夫の定年で3食の用意や家事で、使える時間がコマ切れとなり、落ち着いて腰を据えて本を読む時間が無くなり、本は積ん読状態です。したがってやる事がないのです。そんな気持ちを抱えてカーブスへ行っても、正直「30分で何が変わるの?」と思ってただ漠然と通っていました。

 そんな時、偶然広報誌で公開講座をやっている事を知り、古典文学と歴史の3種類に申し込みました。午前中は講座へ行き、無い日はノートの整理と予習、午後は昼食後夕食の下拵えをして夕方カーブスへ行く、これが私の日課になり、生活にハリが出る様になりました。するとカーブスへの取り組み方にも変化が出ました。カーブスでの運動が心地好く感じられる様になり、漫然とやっていた運動をチャレンジハードでやろう、「やる気」が出て来たのです。いい汗をかいて、スッキリした気分でカーブスの扉を出る様になりました。「こんにちは」「お疲れ様さようなら」の挨拶も元気に言っている事に気づき、カーブスでの30分の運動が、私の生活の大事なアクセントになっていたのです。

 ところが良い事は続きませんでした。急に変形性膝関節症が悪化し歩く事もままならず、膝に注射をしてもらい、がっちりサポーターをして、カーブスへ退会手続きに行きました。でも試しにステップボードを踏んでみたら、何とか出来たのです。「様子を見ながら続けてみよう」と思い直し、スタッフの親身なサポートの甲斐があり、出来る事からゆっくり続けていたら、なんと2ヶ月後には、全てのマシンをチャレンジハードで出来る様になっていました。スタッフの皆さんには感謝感謝です。

 私は30年近く薙刀をやっています。以前は準備運動の際、膝の屈伸や伸脚も浅くしかできず、「梅子さん、真面目にやりなさい」と先輩に注意されていましたが、今ではどちらも腰を落し深くできる様になりました。又、薙刀独特の半身の姿勢は腰が痛かったのですが、それも無くなり気持ち良く薙刀が振れる様になりました。
 最初に思った「30分で何が変わるの?」は謹しんで訂正します。(笑)30分の使い方は自分の気持ちの持ち様で変わるのです。今ではチャレンジハードは当り前になり、いつの間にか少しずつ筋力がついていたのです。今は夕方カーブスへ行ってチャレンジハードで30分、これで1日がスッキリした気分になり、夫との会話も弾む様になりました。講座とカーブス、この組み合せがお互い相乗効果となっている様です。
 私の母親は、これからという時パーキンソン病から認知症になり、10年以上介護される生活の末に亡くなりました。あの時代にカーブスの様な所があったら、楽しい違った人生があったろうにと思う事があります。「かわいそうだったなあ」と。私は今「人生100年時代」を「健康寿命」を延ばし質の良い老後を送る為に、カーブスで運動できる機会に巡り会えました。こうして元気に過せる幸せを大事にして生きて行きたいと思いながら、今日もカーブスでチャレンジハードに挑戦しながら汗をかいている私がいます。

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