カーブスエッセイ大賞2019結果発表

作品詳細

佳作

「カーブスで楽しくリハビリ出来ました!」

白髪ゾンビ様(74歳) カーブス茅ヶ崎矢畑(カーブス歴:1年2ヵ月)

「あれ~?お母さんどうしたの? 何故そんな所に居るの?」
 ある日、夜中にトイレに立つとずいぶん前に亡くなったはずの母が立っていた。
あれ?誰だろうとふり向くと、その人もふり向いた。その人が鏡に写った自分自身であることに気がつくまでかなりの時間がかかった。手術をしても一生車椅子でしょうと夫は言われたらしい。開頭手術の為全部剃られて、生えてきた髪は真白であった。それまでは染色し、パーマをかけていたが、80才で亡くなる頃の母とそっくりな自分が鏡に写っていたのです。私は2015年6月末、くも膜下出血で到れて4年になります。手術後、リハビリ専門病院に6ヵ月間入院。
 退院後、筋力をつけようと散歩していたらカーブスに出会った。体験してすぐ入会、毎日熱心に通った。最初は移動もノロノロだった。そのうちワークアウト後、立ったままおしゃべりする友人も増えた。ほんとは脈を計る間さえ立ってるのが辛かったのに。
 カーブスまでは徒歩10分位だが私の足では20分かかる。主人が毎日送迎してくれたおかげで、どんどん筋力、体力がついてきた。通い始めて1週間すると長年苦しんできたテニス膝が痛くなくなってきたのには驚いた。
 長時間立ってられるようになった時、オカリナ教室を再開して、発表の壇上に立った時は奇跡かと思った。順調に体がつき、回復してたのにその年の8月右乳房に癌がみつかり温存手術をし10日間位で退院した。そして又そろそろと家のまわりを歩き始めたが、なんだか体がふわついて、しっかり歩けない。たかだか1~2週間カーブスを休んだだけなのにすっかり筋力が落ちてるのを実感した。放射線治療終了後、カーブスに戻った。前にも増して熱心に通い続けた。
 ある日、主人と山歩きしていた時、山中には和式トイレしかなく、おそるおそるしゃがんでみると「あれ?」痛くない!「すご~い!」あまりの嬉しさで、翌日、コーチに伝えたらとても喜こんでくれた。和式トイレが使えるなら、もう恐くない。どこへでも行ける!ととても積極的になれた。
 次に私の背中を押してくれた文言を紹介します。
「天与のもの、ひとつひとつを返しゆく、その歳月を老後と言うや」
 よく散歩で立ち寄る近所。お寺さんの掲示板に書かれていた言葉です。
 そうですね。到れて以来、家事仕事の一切を主人がやってくれていて、何も出来ない自分に腹を立ててました。そんな時、公民館である方に出会った。
「稲井さん。今、何してるの。何もしてないのなら私たちを手伝って下さい。」と言われた。私は渡りに舟と、すぐその舟にとび乗った。
 今、外国の方に無償で日本語を教える、日本語ボランティアを週1行ってます。
インド人のお子さんですが、可愛いくて、楽しいです。なにより他人の役に立てる自分であることが、老後に明かりが見えてきたようで嬉しいのです。
 今つくづく思います。
 「貯金より貯筋が大切」歩けるようになったからボランティアに行けるのです。
 「金力より筋力です!!」

 最後にもう1つ。今回の病気でお世話になった友人達の事。リハビリ病院に入院中、入れ替わり立ち替わり交代して顔を見せてくれて失意の私を励ましてくれた山友(同じ大学の同期の遊び仲間)、毎日色々な差し入れをくれた。レギュラーコーヒーやお抹茶の道具を背負って香りの良い飲み物を作ってくれた人もいた。
 退院後も彼女達は私でも参加できるイベントを次々と計画して、お茶会や食事会、軽いトレッキング等に誘い出し、退屈しきっていた私を、大自然の中に連れ出してくれた。
 その中にはカーブスに入っている友もいた。「どこかで繋ってるっていいよね。なんだか楽しいね!」って言ってくれた。同年代の方々なので、家族には諸事情があり、悩みもかかえているのに、皆、明るい。「ひとりじゃないもんね」って笑って乗り越えている。今回、私は皆さんに助けていただきましたが、いつか助ける側にまわれる日が来ることを念じている毎日です。皆さんありがとうございました。

黄泉の国より戻り来た白髪ゾンビ

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