カーブスエッセイ大賞2019結果発表

作品詳細

佳作

「桜が沁みる〜辛い冬を乗り越えて〜」

さやか様(41歳) カーブスヤオコー浦和上木崎(カーブス歴:7ヵ月)

 「さやかさーんこんにちは!」コーチの元気な声が響き渡る。
私はちょっと照れながら、「こんにちは」と答えて、サークルに入ってマシンを始める。
カーブスに入って半年、私は、春休みに子供をディズニーランドに連れて行けた。
家族でお花見に行けた。数日後のチビの入学式をプレッシャーだけではなく楽しみに感じている。
そんな自分になれていることが、何よりも嬉しい。

 39の冬、突然、私は具合が悪くなった。それまで、主人の仕事の関係で、国内外、幼な子を連れて、転々と移動してきた。
その都度、素敵な出会いがあり、周りに支えられ、楽しく過ごしてきた。人並みに大変なことはあったけれど、
鬱っぽくなるような悩みはどこにも見当たらなかった。それなのに、その年から、ドツボの冬がやってくるようになった。夏には元気になるのだけれど、
冬が来ると、毎朝、胸が苦しくなり、理由もなく気持ちは落ち込み、涙が溢れる。体が動かず、家事が辛い。
夫を駅までの送ることと子供の学校行事と習い事の送り迎え、洗濯、掃除だけは必死にどうにかこなしても、ご飯作りはままならず、横になってばかりいる。
そんな家族の役に立てない専業主婦の自分に嫌気がさして、ますます落ち込む、と言う悪循環の辛い辛い冬を数回過ごし、そこから抜け出したくて、カーブスに入会した。

 きっかけは、子供の同級生のママ。
彼女はいつも出会うときは笑っていて、走っていて、アクティブで、私は彼女のようなお母さんになりたかった。だから、カーブスに入った。
でも今回も辛い冬の波はすごくて、しばらくはカーブスに行けなかった。今年の冬もだめだ、、、絶望的な気分で、母に泣きついた。
40過ぎて、母に頼る自分が情けなかった。その日に母は飛んできてくれて、私たち家族のためにご飯作りをしてくれた。
そして、「さやちゃん、歩こう」と近所のコンビニまで私を誘った。ずっと動いてなかった私は、次の日熱が出てしまった。

 でも、母に付き添われて、一緒に歩いて、カーブスのあるスーパーまで行き、母は買い物、私はカーブスに行く、ということを始めた。
初めは辛かった。全然動けない体を動かすことは大変だった。暗闇のトンネル真っ只中の私には、コーチの笑顔が眩し過ぎた。
でも、とにかく泣きながらでも、歩いて行って、カーブスに行く、ということを続けてきたら、何かが変わってきた。
鬱っぽいときは、散歩をしたり、太陽に当たること、適度な運動が効果的と言われているけれど、本当にその通りだった。少なくとも私の場合は。
家の中で、鬱々と暗い気分で、「今日もご飯作れるかな?」「明日のご飯はどうしよう」「子供の卒業式の準備どうしよう」などと大小問わず全てがプレッシャーに感じて、動けなくなっている心と体を無理にでも起こして、歩いて行って、太陽の光を浴びて、空を見て、頰に風を感じて、カーブスで前向きなお姉さんたちと筋トレをして帰ってくる。とにかく何も考えずにそれを続けていたら、少しずつ、少しずつ、私は元気になって行った。

 一ヶ月後には、相当、元気な自分に出会えた。
ここ数年、私は良い気分で桜を眺める事ができなかった。いつも冬の辛い残像の中にいたから。
でも、今年は、何回も何回も楽しい気分で桜を見る事ができた。
子供と。子供のお友達とそのお母様たちと。夫と。母と。五分咲きの桜、しだれ桜、ソメイヨシノ、満開の桜、桜吹雪。色々な桜の色々な表情。美しく、儚い桜を愛でることができた。
それを支えているのは、私の体力で、気力で、そこを製造してくれている工場の一つがカーブス。
 三日坊主の私が、とりあえず、続けられているカーブス。近くて、30分で、スーパーの上で、それが私にはちょうど良い。
「いつまた通えなくなるか分からない、頑張って通い続けなきゃ」と私が呟いたら、「大丈夫です。また電話しますから!」元気にコーチに返された。
これぞカーブス。みんながみんならしくいられるよう、筋トレで心と体を支える場所。

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