カーブスエッセイ大賞2019結果発表

作品詳細

佳作

「私がカーブスを続ける理由」

裕美様(40歳) カーブスコピオ相模原インター(カーブス歴:2年7ヵ月)

 私がカーブスを続ける理由は「恐怖」だ。カーブスをやめたら、カーブスを始める前の重たい身体に戻る。それが恐い。カーブスを始める前は、立ったりしゃがんだりがしんどい、お風呂に入るのも億劫、とても30代とは思えない状態だった。

 私がカーブスに入ることになった事情は、勤務先の老人ホームで、職員の健康管理に関わる仕事を任されたことから始まる。介護現場の職員は、不規則勤務のためか、健康診断の検査数値の悪い人も多い。あまりのひどさに、指導をしてもらおうと上司に報告したところ、「自分(上司自身)がひどいから、注意しても説得力が無いんだよね」と断られ、はっとした。私自身はどうなのか・・・。運動はしていない、コレステコール値は高い、他の人のことをひどいなんて言える立場ではない。

 何か運動をしよう、と思い、母に相談したところ、カーブスを勧められた。母は動くことが好きで、以前からカーブスが気になっていたらしい。でも年金暮らしの母は、月々の料金が気になって、諦めていたようだった。

 職場に何人かカーブスに通っている人がいたので、紹介してもらって入会した。ついでに、私が料金を払うということで、母も入会。親子でカーブスを始めた。

 私はただ、職場の不健康な職員に堂々と注意できるようになりたいだけだった。でも、カーブスを始めて体が変わり始めた。まず、体が軽くなり、動くのが億劫ではなくなった。肩から胸にかけて出ていたアレルギーの痒みが無くなり、かき壊しの跡が減った。歩くのが速い母のペースについて行けるようになった。毎年家族で行っている京都の山の登山道も、いつもは1番最後を何とか登っていたのに、気付いたら1番前にいた。なかなか減らなかった体重も、2年で3kg減った。食べ過ぎても、体重が増えなくなった。

 カーブスの筋トレは、寝たきりや認知症の予防にもなるという。もうやめられない。「行くのが楽しい」とニコニコ、カーブスに通う母とは正反対で、私は背水の陣のような気持ちで通った。「今日もがんばって来れましたね」とコーチの言葉に、私はその通りだが、母に言わせれば「がんばって来てはいない。楽しいから来てる。」らしい。

 そんな母が、3月に突然、1型糖尿病になり入院してしまった。シングルマザーでフルタイムで働いている私は、家事も育児も母に頼りきっていた。母がやっていてくれたことが、一気に降りかかって来た。仕事から帰って、子供の食事・洗濯・掃除・・・。慌ただしい生活の中で、それでもこれだけ動けるのは、カーブスで体力がついたからだな、と思った。やはりカーブスはやめられない。忙しくてもカーブスには行った。入院中の母に着替えを届けに行ったら、「カーブスには行きな」と言われた。私は「今行って来たよ」。

 カーブスに行けば、コーチに言われた。「最近、朝代さん見えないけど・・・。」母が入院前、最後にカーブスに行ったのは木曜日。コーチに言われたのは月曜日。まだ1週間も経ってない。毎日元気に通っていた母は、3日間来ないだけでも、コーチに気にしてもらえるようだった。

 母は、カーブスを休んでいる間に2度、コーチに手紙を書いた。「絶対にカーブスに復帰する!」という強い想いを伝えたかったようだ。退院後、少しずつ活動量を増やして体力をつけていった母は、3月の終わりには有言実行、カーブスに見事復帰した。久々に会ったコーチに、復帰を喜んでもらえた、と嬉しそうに話していた。

 私が、母のカーブスの月謝を払っているのは、私が今日まで仕事をしながら子育てしてこれたのは母の支えがあったおかげだと思っているからだ。15年前、私が仕事に復帰するタイミングで、母は健康体操の講師を辞めて、子供のめんどうを見てくれ始めた。

 活き活きとカーブスに通う母を見ると、少しは恩返しができたのかな、と思う。そしてちょっと羨ましい。私もいつか、カーブスに通う理由を「恐怖」じゃなくて「楽しいから」と言ってみたい。

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