あれから一年...
震災を機に、考えさせられることが多い一年だった。家族や友人の大切さ、地域とのつながり、人生観までもが大きな課題となった。
未曾有の大惨事が東日本の各地を襲ったあの日あの時、私は車を運転中で全く気がつかないままカーブスへ向かっていた。
スタッフの「大丈夫だった?」の言葉にも「え?何・・・?」と。めまいかと思うような揺れがあったと聞いても半信半疑だった。
帰宅後、ニュースで被害の大きさがわかるにつれ、TVの前から動けなくなった。
あまりのことに言葉を失う。
しかし、その後13日からの一週間、予定どおり旅行に出かけてしまう。
この一週間が後に私の負い目となって残ることになるのだが・・・。
実家の法事を兼ね、息子や嫁、孫を伴っての家族総出の長崎への旅だった。
迂闊にも、新聞やTVの報道にもきちんと向き合うことなく、楽しく過ごした日々だった。被災地では、たくさんの方が亡くなり、寒さの中食べものや暖かい寝床さえない過酷な状況の人たちがいたというのに・・・・。
一年経った現在でも、艱難辛苦の中、未だに復興とはいえない被災地の現実を知るにつけ、日々変わらぬ日常があることに申し訳なさでいっぱいになる。
震災は、地震・津波・原発事故と想像を絶する災禍をもたらした。
その中で九死に一生を得た人たちの体験談は、単に運が味方したというだけではないことに驚かされた。
カーブスマガジンで被災された方の投稿文を読み、衝撃を受けた。
震災後、長い時をおかず通い始めたこと・・・津波から逃げることができたのは、カーブスで培った筋力があったからこそ・・・というものだった。これほどの体験談があるだろうか。とても他人事とは思えないこの出来事に、誰もが胸を痛めたことだろう。
そして、カーブスの救援物資を積み幾度となく被災地に届けたことは、日本中のカーブスメンバーの「思い」をも乗せていたのだ。
地震列島日本では、この先、昨年の震災と同レベルで、しかも高い確率で起こるであろうと言われて久しい。
その予測がにわかに現実味を帯びてきた。
自分自身の備えと心構えは当然のことながら、危険マップの真っ只中に住んでいる長男一家が気がかりだ。
海抜5メートルという低地に居を構え、幼い子も二人いる。
東海地震、東南海地震・・・・と連動の可能性が・・・などと耳にする度、不安でいっぱいになる。もしもという時は、どんなことがあろうと助けに向かわなくては・・・と思っている。
筋力・体力を保つためにも、今まで以上に熱心にカーブスに通い続けたい。
動機づけがはっきりしてくると、マシンに取り組む手にも力が入る。
この年になると、体力の衰えは気力の充実だけではカバーできない。
どんなに家事をこなし、家中を動き回ったとしてもそれほど負荷のかかる運動ではない。
やはり、マシンの助けなくしてはなかなか筋肉は付いてこないのだ。
年齢を理由にあきらめることだけはしたくない。
とは言うものの、いつもいつもパワー全開なはずもなく、OFFモードでマシンに身体をあずけている時もある。
そんな日も必要さ・・・と思う。
何事も緩急あってこそ、ONモードより有効というものだ。
ついついあれこれと考えすぎて深みにはまることが多い私・・・。
いつもの生活空間の中、ひとりでいると、考え事が際限なく広がってしまう。
そんな時こそカーブスに出かけ、無心にマシンを動かせば頭も心も空っぽにできる。
数を数えながら、ゆっくりとストレッチしている時間も好きだ。
元来運動オンチの私は、在籍期間のわりにはマシンの使い方やストレッチの方法が未だにあやふやだ。
スタッフの鋭い目に指摘されることもしばしばである。
そのとおりに動くと、確かに<効いてる>ことがはっきりわかる。
筋肉・神経・身体のすみずみまで感じるのだ。
そこで今日も私は、カーブスに出かける前に気合を入れる。
ものぐさな私、出かけるのは面倒だと思う日が多い。気合が必要なのだ。
Welcom筋力・・・Good-bye体脂肪・・・体年齢マイナス10歳をめざして・・・。