私とカーブスの出会いは、今から6年前、2006年の9月に始まりました。その時は現在通わせてもらているべふカーブスではなくて、家の近くの小田部に新しくできたカーブスへ最初は見学に行って、そこのインストラクターの方々の明るく元気な指導や、会員の方々との触れ合いが楽しく、早速一年間という契約で通うことにしました。

 その頃、私には趣味で始めた声楽の勉強が自分としては調子が乗ってきて一年に1回の発表会では物足りず、主人の母の入院していた老人ホームでコンサートを行ったりしておりました。その頃発表会を聴きに来てくれた知り合いの方が「大古場さん、歩き方がステージの上ではちょっと気になるのよね。何かフィットネスとかで少し足の筋肉を鍛えたら」と言って下さったのです。歩き方がおかしいというには深い訳があって、その話をするには私が45歳の頃、今から18年程前に戻らないといけないのですが...

 それまでの私は、真面目で仕事一筋の主人とあまり勉強もしない割に学校の成績も人並み以上に良く、特別な問題もなく、素直に育っていると思える男の子が二人居て、私も好きなエレクトーンと歌を自由にやらせてもらって、人からは幸せ一杯の人生と見えたのですが、その順風満帆に思えた生活が、少しずつ崩れていったのです。それは私の心の問題なのですが、それまで、何の問題もなく「私は幸せだ」と思えていた事が、一つ一つ「私の人生はこれでいいのだろうか」と思うようになり、いわゆるうつ状態になってしまったのです。以前にも時々そういう気分になってしまう事があっても自然に良くなっていたのですが、この時は良くなるどころか、どんどん悪くなってしまい、最悪の状態までいってしまいました。長男の東京の大学進学の頃からそれは始まり、一年位悶々とした揚句に、私の実母の病気が進行して危篤状態になった時に「もう私も生きていけない」と思い、母の入院していた病院の前に走っていた列車に飛び込んでしまったのです。その時の私は「私の苦しみはこれで終わる」と思っていたのに、奇跡的に助かり、結果両足に酷いダメージを受けてしまいました。それで、実家の近くの病院に三ヶ月、その後、私の住んでいる福岡の病院に八ヶ月入院し、何とか退院して、また元も生活に戻ることができたのです。それでも、うつ病はすぐには良くなりませんでしたが、少しずつ本当に少しずつ、好きな歌を始める事ができる様になり、最初に書いた様になるまで回復していったのです。

 そういう訳で足が悪くなり、以前の様には普通に歩けなくなったのです。それでコンサートを聴きに来てくれた知人に言ってもらって、私も丁度そう思っていた頃、家の近くにカーブスができると知り、これだ!と思って通い始めたのです。私は元々体を動かす事は嫌いではなく、マシンを使ってする運動、ストレッチもとても楽しく、インストラクターや会員の方達とお話できるのも嬉しかったのですが、目標の一年経ってもあまり効果が感じられなかったので、その時は辞めてしまいました。そして、また一人家で毎日歌の練習ばかりする生活になって、段々気分が落ち込む様になり、前のうつ病の時のようになったら恐いと思い、半年後にまたカーブスへ行き始めたのです。ところが、そこが閉店することになり、またカーブス無しの生活に戻ってしまったのですが、やっぱり私にはカーブスへ行ってないと駄目だと、自分でも気付き、現在のべふカーブスへ通い始めてもう3年近くになります。

 私は性格的に何でもやり始めると一生けん命になり、結果が得られないと自分が満足できない様になるので、今度はカーブスも歌も結果を求めるのではなく、その事を楽しむという気持ちでやりたいと思っています。そして、カーブスと歌は私にとって無くてはならない宝の様なものだと思っています。うつ病になり易い私は周りのちょっとした事にも、また自分の体調が悪くなったりすると、気分が落ち込んでしまうのですが、そんな時、頑張ってカーブスへ行くと、ドアを開けた途端にスタッフの方の「登美子さーん、こんにちは!」と元気な声を聞くだけで、そして一所懸命トレーニングに励んでいる仲間の会員さんと会えて話をしたりしていると、気持ちがぱあっと明るくなり、そこから運動を始めると益々元気になり、帰る頃には「やっぱり来て良かった~」と思えるのです。カーブスで筋肉をつける事は発声にもとても効果的で、腹筋を使ってお腹の底から声を出す声楽の勉強にも役立つし、心が元気になると声も良く出る様になります。そうやっている中に冒頭の膝の痛みを根本的に治してくれるDrが現れて、2ヶ月後にその手術をする事になっています。そしたら益々カーブスに今より頻繁に通えるようになると、今から楽しみです。