カーブスエッセイ大賞2020結果発表

作品詳細

準賞

「今、この時を楽しむ」

千春様(58歳) カーブス西条紺屋町(カーブス歴:8年)

私がカーブスに通い始めて6年がたった。長かった子育てもようやく終わり、娘たちは他県で就職。夫と温泉旅行に行ったり、母と一緒に娘の住む大阪に旅行に行ったりして、自由な時間を過ごしていた。パートの仕事をしながら趣味の陶芸や手芸を楽しみ、充実した毎日だった。
その平凡な毎日がガラッと変わった。2018年の5月に元気で一人暮らしをしていた母が脳出血で入院した。私が住む岡山から実家の愛媛までは電車を乗り継いで2時間かかる。仕事をしながら週末には毎週病院に向かった。車椅子に乗った母の愚痴を聞きながら励まし、3ヵ月で退院できた。退院前に医師は「後遺症が残るので、一人暮らしは無理です」とはっきりと言った。
私は思い切って仕事を辞めて、実家と自宅との2拠点生活をしようと思った。私の力で今よりも元気になって欲しい、という気持ちからだった。長年一人暮らしだった母の手助けをほとんどしていなかった後悔と懺悔の気持ちもあった。その決意を夫に話すと「お母さんにできるだけのことをしてあげたらいい」と賛成してくれた。
岡山の友だちやカーブスのコーチたちと別れるのはさみしかったが、移籍の手続きをして8月いっぱいで退職して愛媛にやってきた。実家といっても私は愛媛に住んだことはない。転勤族の父とともにあちこちを転々としてきたからだ。初めてカーブスに行った時は場所がよくわからなかったので 店長さんがわざわざ出てきてくれて案内してくれた。店長さんは私の事情を聞いて、「お母さんのこと、心配ですねえ。千春さん、あんまり頑張りすぎないようにね」と優しい言葉をかけてくださり、安心した。母がデイサービスに行っている日にカーブスに通うようになった。徐々に顔見知りも増えて声をかけられるようになった。
母の状態も歩行器から杖歩行ができるようになる。退院時は畑仕事も階段の上り下りも無理だと言われていたのが、徐々に畑仕事も階段の上り下りもできるようになった。リハビリの先生も驚くほどの回復だった。カーブスの店長さんは母の経過をいつも聞いてくれて、「千春さんが一緒に生活してお世話をしていたからですよ。良かったですねえ」と、一緒になって喜んでくれ嬉しかった。
その年の12月、私は実家で気になっていたところを一生懸命に大掃除した。カーテンを全部洗い窓をピカピカにしたり、換気扇や床も磨いた。だが、どんなにきれいにしても母は「そんなことせんでもええ!」と言って喜ばなかった。体の調子がいい日は「あんた、そろそろ岡山に帰れば。私は一人で何でもできるし、夜はお弁当を頼む」と言う。だが右半身にはやはり多少の後遺症があり、完全に一人で暮らすのは無理だ。体が思うように動かない日は「あの時、死ねばよかったんや」と落ち込む。一生懸命に掃除や料理をしても喜ばれることもなく、ここまで回復したのに死ねばよかったと言われる。私は無力感でいっぱいになった。母の感情の起伏に振り回されながら、怒ったりなだめたりすることに疲れてきた。
母と口論した朝、カーブスに向かう車の中で涙が出てきた。カーブスでマスクと前髪で顔を隠して運動した後ストレッチをしていると、店長さんが声をかけてきた。「千春さん、お母さんの調子どう?千春さんはストレス溜まってない?」と、話を聞いてくれた。店長さんは私の心の異変に気づいてくれた。大勢いる会員の体調だけでなく、心の状態までも気遣い、寄り添って話しかけてくれる。その日、カーブスにきて本当に良かったと思った。私は「今日来て良かったです。運動したら元気がでました」と言って帰った。帰りの車の中ではなんで泣いていたのか、けろっとしていた。
それからは、母の状態を見ながら調子のいい時は岡山の自宅にいる時間を増やし、調子の悪い時は愛媛にいる時間を増やしている。岡山に帰った時には介護の先輩でもある友だちとランチをして、「私の母も同じようなこと言ってたよ。そんなもんよ。本気にしないで聞き流せばいいのよ」と言ってくれ、肩の力が抜けた。母の言葉のひとつひとつを鵜呑みにせずに、「あー、そうだねえ」と聞き流すことができるようになった。家事も介護も頑張りすぎないことにして、もっと自分を大事にしようと思った。
行ってみたかった四国八十八カ所巡りを始めた。好きな布で小物入れや数珠入れを作った。自分のイメージした物を集中して作ると達成感がある。愛媛でデッサン教室に通い始めた。何も考えずにひたすら鉛筆で画用紙に向かうと、気持ちがとても落ち着いてリフレッシュでき、母に優しく接することができた。同じ趣味のいろんな世代の人と話すのは新鮮で楽しい。好きなことに没頭するとストレスが減る。
カーブスで運動していた時、隣の人がCさんだった。共通点があったことから気が合い、色々話すようになった。彼女も義理のご両親の介護の経験があり、話を聞いてくれたりアドバイスをくれたりした。「頑張りすぎんようにね。大丈夫?」といつも心配してくれて声をかけてくれた。ランチに行くと私の悩みや愚痴を聞いてくれ、「私の義母もそうだったわ」と聞くと、ほっとした。地理をよく知らない私が「どこか母と紅葉狩り行くいい場所はないかな」と聞くと、何カ所か行って下調べをしてくれ、「一緒に行ってみようよ」と誘われた。そこは静かなお寺で、モミジやイチョウだけでなく、手入れされた松や様々な木々があり、部屋の中の大きな窓からも眺められた。「ここなら階段も少ないし、座敷の椅子に座って紅葉が眺められるから、お母さんもあんまり歩かなくていいよ。」とCさんは言った。「まるで京都みたいだね」「京都よりも静かでずっといいよ」と二人で紅葉を楽しんだ。私はCさんの気持ちがとても嬉しかった。翌日は母を連れて行った。「きれいやなあ」と何度もつぶやいて、とても喜んでくれた。
愛媛に来て私は一人で何でもできると思っていた。一人で介護をして、畑を耕して、カーブスで筋肉をつければいい。そう思っていたが、一人で何でも解決できないことを知った。今までは、夫や娘や親戚、仕事仲間、趣味の仲間、友だちに話を聞いてもらっていた。心配してくれ、励ましてくれた。意見を言ってくれ、褒めてくれた。話を聞いてもらえる人が人間には必要なのだ。
カーブスは筋肉を鍛えるだけの場ではない。店長さんやコーチ、他の会員の方たちの元気な姿を見て自分も元気になる。声を掛け合うだけで元気になる場なのだ。愛媛でも心配してくれ励ましてくれる人ができて、本当に良かったと思う。夫、娘、親戚、友だち、趣味の仲間、カーブスのコーチの笑顔、千春さん、多くの人に支えられている。
先のことはわからないし、何があるかわからない。今、この時を楽しもうと思う。
カーブスのトイレにはこんな紙が貼ってある。「運動する人は運が動いてくる」そうだ、今日動いて良かった。動く私にはきっと運が巡ってくる。心身ともに健康でいるために、ずっとカーブスに通い続けたい。

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