カーブスエッセイ大賞2020結果発表

作品詳細

佳作

「私がカーブスに通うわけ」

まゆみ様(64歳) カーブスよねや横手ハッピータウン(カーブス歴:3年8ヵ月)

4年前、カーブスに通う動機となったのは「山本リンダの狙い撃ち」をカッコよく歌って踊るためでした。

私は40数年間勤務する企業で「社会貢献」を推進する仕事をさせて頂いております。
仕事柄、障がい者施設のイベントに参加させて頂くなど、施設訪問の機会多々あり、イベントでは、職員や利用者さんが披露してくださる歌や踊りを一方的に見せて頂くだけでした。   
その日も、ある知的障がい者施設のクリスマス会に参加し、ステージを見て拍手等をしておりましら、突然、利用者の若い女性から「山本さんも何かやって!」と言われました。

その頃、何一つ特技のない無芸な私は、断れない雰囲気の中で動揺しながらも「それでは漫談をおひとつ」と、日頃のドジな体験談を披露し、それなりに笑いも取れました。
そこで、私はある決心をしました。
何か一つ芸を身に着けて自分の仕事である社会貢献に活かそう!!
少なくても1年に1芸を身に着けよう!! と。
元々楽しいことが大好きでいつもウケ狙いをしていた私でした。
そして、当年は、その頃の野田内閣が「ドジョウ政権」と言われていたことからヒントを得て「どじょうすくい」に挑戦しました。

島根のどじょうすくい保存協会から絣の着物やザルや豆絞りの手ぬぐい、六文銭に至るまで購入し、練習用DVDを見ながらあの特徴的な腰振りを一か月間練習しました。
そして、その翌年は、野田内閣から安部内閣に移行、安倍内閣の「三本の矢」をヒントに三味線・・は無理なのでスコップ三味線に挑戦し、スコップを叩きながら演歌を歌いました。そして、更に、浪曲「岸壁の母」を唸り、ジュディオングの「魅せられて」でなく「見せられねえで」で羽根を広げ、傘で玉を回すなど多種の芸を身に着けました。(殆どがリアリティの低い素人芸ですが・・・)
そして、4年前、ついにネタ切れとなり、ポピュラーな山本リンダの「狙い撃ち」に辿り着いたわけです。

しかし、その頃の私は贅肉タプタプでリンダを演じるには余りにも醜かった。
そこで、カーブスに通っている町内の奥さんに相談し、「1年後にリンダを演じる」という目標を掲げて即刻入会しました。

1年間のトレーニングにより引き締まった体・・・。誰に恥じることもなくショートパンツでキメ、大げさな激しいダンスをしても息切れをすることもなく歌って踊ることができました。
施設での披露は、始め、皆さん唖然としていたものの拍手喝采の大成功!!その後も、毎年、歌とダンスを組み合わせての演目を身に着け披露し続けております。

入会の際には、当初の目標が達成したら脱会するつもりでした。
しかし、通っているうちにカーブスに「ゾッコン」になりました。
車で走行中に「カーブあり」の看板を見つけた時、スーパーで「カブ1束158円」のポップを見つけた時等、私の頭の中では瞬時に「カーブス」に転換される程に・・・・。

どんなに愛しい恋人でも3年も経てば平常心になるでしょう。
しかし、私のカーブスへの想いは冷めることなく、むしろ当初よりも熱く燃え続けております。
この想いは、いつも暖かい眼差しで迎えてくれるコーチ達、利害関係がなく気軽に付き合える同志のメンバー達、そして12台の愛しきマシン達に対する想いです。

一貫して、週3のペースで通っていますが、カーブスに向かう時の私は恋人に会うように、いつもワクワクドキドキするのです。ですので、コロナウイルスの影響で一週間休みになったときは本当に悔しかった・・・。

秋には、45年間務めた会社を退職します。
寂しさもありますが、私には永久にカーブスがあります。

私をカーブスへと駆り立てる・・・。この想いが永遠に続きますように・・・・・・。
これが今の私の一番の願いです。

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